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虚しいほど澄んだ柊矢の瞳に、顔をくしゃりと歪めて泣き笑いを浮かべる真澄の顔が映り込む。柊矢は眉一つ動かさずに、じっと真澄の言葉を待っているようだった。そこからはどんな感情も読み取れず、まるで絡繰りそのものだった。
縋るように、柊矢のやけに冷えた顔に触れる。僅かに目を見開いた柊矢の額に己のそれを重ね、真澄は掠れる声で囁いた。
「――さあ、約束でしょう? 鬼を斬って」
鞘から抜かれた刀身は、月明りに照らされて冷ややかに輝いた。刹那、神子の剣舞のごとく、凛とした美しい一撃が真澄に下された。
◇
明け行く薄紫の空に、縮れた雲が浮かぶ。
蜜色の光に照らされた華奢な躯は、まるで深い眠りについているかのように美しい。
まろやかな青白い輪郭に、ふっくらとした花のように赤く瑞々しい唇。黒檀の髪を指で梳けば、絹のような肌触りで、指の間をすり抜けていく。白磁のように滑らかで細い四肢は既に冷たい。瞳は固く閉じたまま。だというのに、星々の煌きのような瞳が脳裏を閃き、その幻が鮮やかに柊矢を射て、いずれ目を覚まして微笑むのではないかという錯覚に陥る。
『――柊矢』
唇を指でなぞる。この名を呼んだその声は、どんな音よりも心地よく、美しかった。今でも柊矢の中で残響するその声は、次第に遠く、薄れていく。
――ああ、そうか。
「――貴女はもう二度と、その声で私を呼ばぬのか」
言葉にした刹那、一粒のしずくが手の甲にぽたりと落ちる。柊矢はそれが何か分からずに驚き、戸惑う。そして自制もできず、堰を切ったように次々としずくが溢れて落ちる。
物言わぬ少女を抱きしめて、深く、深く。
やがて、少女の骸を抱いた男の姿は、朝焼けの野に溶けていった。
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