1

5/5
前へ
/15ページ
次へ
◇◇◇ 「『仕方なかった』と、陛下にもそう言えよ?じゃぁ、俺は行く……おや?」 何度も慈悲と言う名の暴行を受け身体も心も抜け殻になってしまったままベッドの上に事後の姿のまま打ち捨てられたユキ様に対し、自身の侍従、アンテロの手を借り身支度を整えたヴィリヤミ王子殿下が声をかけたが、ユキ様の視線は焦点を結ばない。 今すぐユキ様のお身体を労りたいのに、せめてその蹂躙の後がはっきりと残るお身体をシーツでお隠ししたいのに。殿下が立ち去らないためアレクシは動くことさえままならない。 入口の扉近くで待機していたアンテロは殿下の侍従として過去何度もこの暴行に同席し続けてきたのであろう。無表情ながらも顔色が酷く悪い。 ユキ様の意識なんて考慮することもなく、言いたいことは伝えたとこの軟禁部屋から立ち去ろうとした殿下が部屋の隅、カーテンに隠れるようにアレクシが置いていたガラスの器の中身に気が付き足を止めた。 「ふふっ。またかなり溜まったな。うむ。ユリカへの手土産にする。アンテロ、持って参れ」 殿下が指差した先、部屋の隅の棚には綺麗なガラスの器が置いてあって、中には沢山の小さな星型の砂糖菓子がきらきらしている。 殿下の指示に無言のアンテロが棚の上のガラスの器をそっと両手で抱えた。 「何をなさいます!」 思わず立ち上がりかけたアレクシは殿下の鋭い視線に動きを止めた。まだ殿下の許可を得れていないアレクシは立ち上がることも出来ない。 「ユリカの元に持って行く」 「ではユキ様を開放して……」 「この容器が一杯になったらな」 嬉しそうに笑う殿下の言葉にアレクシが以前の殿下とユキ様のお約束を持ち出すと鼻で笑われた。 「そんな……いつも途中で全て持って行かれては貯まるものも貯まりません。このままではユキ様は全てを失ってしまいます。今でさえこのようなお姿になられて、ご自分の名前さえも忘れていらっしゃるのに」 ベッドの上に横たわるユキ様は既に数日前から黒髪は灰色に黒い瞳は赤く変わってしまい、今では毎朝、アレクシが自分の名前を教えて差し上げている状態だ。これ以上進めばユキ様は人として成り立つものさえ失ってしまうのに、この殿下はユキ様から何を奪うというのだろう。 「別に巻き込まれた一般人だ。問題ない。いっそユリカの為に消えてしまえば清々しいものを」 その鬼畜な一言に、アレクシだけでなくアンテロも肩を震わせた。 「それ……」 殿下の命を軽んじる言葉に冷え切った室内に、かさりと衣擦れの音がした後、しどけない姿で起き上がったユキ様の声が静かに響き、この場を支配する。 汚されてもなお美しさを失わない、いや今は寧ろ神々しささえ感じさせるユキ様がまっすぐ腕を伸し指差す先には先程アンテロが抱えたガラスの器。 それを見た殿下が慌ててアンテロの腕から器を奪い取る。 「うっ……こ、これはお前から取り出したお前の記憶だ」 ユキ様のいつもと違う気配に殿下が動揺を隠せない。いつもの横暴さがなりをひそめその足が小刻みに震えている。 「俺の、記憶?」 「異世界からいらしたユキ様が傷ついたり苦しんだりする度にユキ様の中の記憶が消えてこれに変わるのです。そして、これがこの器を満たしたらユキ様はこの部屋から開放されるお約束をここに拘束される前に殿下となさっていらっしゃいます」 咎める訳ではない、多分純粋な質問と思えるユキ様の声にアレクシが答えるとユキ様は逃げるように部屋の扉にコソコソと向かう殿下にこてりと首を傾げたずねられた。 「どして、もってくの?」 「こ、これを使えばユ、ユリカは聖女で居られるからな。たとえ、ユリカに浄化の力がなくとも」 詰問でもない、むしろ幼子の様な口調のユキ様の疑問の言葉に殿下がみっともないお姿で部屋から逃げだしていく。約束を先に破ったのは殿下だとわかっているから本人も後ろめたいのだろう。 殿下の姿が消えると同時にユキ様の身体がぱたりとベッドへと倒れ込む。 すぐさま側へと向かったアレクシの目の前のユキ様の視線はまた焦点を結ばない。 「お目覚めになられたら、またお名前をお教えいたしますからね。何度でも何度でも。私がお教えいたしますから……」 我慢しきれず啜り泣きながら、ユキ様の身体を清める中、アレクシはユキ様の横たわるシーツの上に星の涙とも思えるほど美しい甘い砂糖菓子が沢山散っているのを見つけ思わず更に号泣してしまった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

134人が本棚に入れています
本棚に追加