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それだけを言って、再び本棚の向こう側に去っていこうとする生き物を、Xは「すみません」と小声で呼び止める。生き物はぐるりと首を回してXを見やる。
「何か?」
「ここにあるのは、どのような本なのですか」
「そんなことも知らずに来たのかい。ここは、」
その後に続いた言葉は、どうしても私には聞き取れなかった。Xもそうだったのだろう、首を傾げて緑色の生き物を見下ろす。生き物は呆れたように大げさに肩を竦めて言った。
「あんたの言語に該当する言葉がないのかな。随分遅れてるね」
「はあ……」
遅れている、と言われても、何がどう遅れているのかわからない。Xも戸惑いの声を隠そうとしない。生き物はふんと尖った鼻を鳴らすと、指を一本立ててくるりと回した。
すると、天井近くから一冊の本が音もなく本棚から取り出されたかと思うと、Xの前に降りてきた。表紙に書かれている文字は私には読めないものであったが、唐突にXが口を開いた。
「『雨の』、……『降り止まない』、『土地』」
「あんたの言葉に直すとそんなところかね。開くよ」
つう、と緑色の指が目の前に浮かぶ本の表紙を撫ぜると、自ら本が開かれる。開いた途端、ざあ、という音がスピーカーから響いてきて、それから。
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