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そして、私は今『異界』の中にいるXの視点を借りて、不可思議な光景を目にしている。
一瞬前まで図書館と思しき場所にいたはずのXが、雨の只中にいるのだ。灰色の雲から降り注ぐ雨がXを濡らす。見渡してみれば、足元は煉瓦で街灯がところどころに灯っているようだったが、それ以上は雨に煙ってしまって何も見えない。
「ここは……」
戸惑いの声と共に、ふらりと足を踏み出そうとしたその時、Xの腕の入っていない右袖をくんと引かれる。そちらを見れば、傘を差した緑色の生き物がXの袖を握っていた。
「お戻りはこっちだよ。迷子になる気かい」
緑色の生き物の背後には、四角くぽっかりと開かれた窓のような空間があった。そこが「出口」なのだろうと察する。Xは素直に言葉に従って、その「出口」から一歩を踏み出す。すると、雨の音はその瞬間に消え去り、静寂に包まれた図書館の光景が目の前に広がった。
唯一、雨に濡れたXの体だけが、先ほど垣間見た雨の世界に確かにいたのだということを示している。
背後を見やると、開いたままの本が浮かんでいた。本のページは真っ白のようだが、その上にわずかに雨の風景が重なって見えたのは気のせいだろうか。
「わかったかい、お客さん」
緑色の生き物が、傘を閉じながら言う。
「これがうちの本だよ」
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