第三章 悪役令嬢! 大奥へと凱旋す

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 将軍は ぺしん と閉じた扇を自分の手のひらで叩き、瑠璃と富士子を自分に注目させた。 「余計な邪魔が入ってしまったな。ともあれだ、挨拶はこれぐらいでいいのだろう。お朱咲よ、今日は部屋へと帰りゆっくりと休むがよいぞ。そうだ、明日の御目見得の後にちと遊ぼうではないか。時にお主、公家がすなるような遊びは出来るのか?」 「和歌、俳句、かるた、茶道などを」 瑠璃の実家の朱鷺家は武家ではあるが、源流をたどれば公家の長谷家を本家とする。 両家は親戚同士の付き合いのため、両家の邂逅の際に「瑠璃に恥をかかせてはならない」と瑠璃は蝶よ花よの暮らしでありながら、公家にも通ずるような雅な教育を受けていたのだった。 「さすがは公家の娘よの。この由喜子、趣味はそなたと同じで雅なもので話が合いそうだ。かるたで互角の戦いが出来る猛者がやっと大奥に訪れたぞ! 嬉しかろう!」 「もう、上様ったら…… 女子(おなご)に猛者などとは言うてはなりませぬよ」と、由喜子が将軍を嗜めると、将軍はバツが悪そうに痒くもない頭を軽く掻いた。そして続けた。 「しかし、雅が過ぎるな。近頃は(ひろ)も腕白に育っておる、剣術指導の川喜田や老中の黒川と何刻も木刀を打ち合うたり、公家紛いの風体をした来客と蹴鞠までしていると聞く。やはり大奥の女では体を動かす遊びをするには物足りないのかのう……」 いきなり出てきた「老中の黒川」の名前を聞いて瑠璃の背筋は凍りついた。自分の藩の取り潰しに関係すると思われるものの名前が出れば当然である。 瑠璃は大奥にて御中臈の仕事をしつつ、彼らに接触し、真相を探らなければならない。一瞬で「明日から忙しくなりそうだ」と考え、緊張が走り、畳に突いていた拳を袖の中に仕舞い、握りしめてしまう。 瑠璃はここで「老中の黒川」に繋いで貰おうと考えたのだが、今は単なる挨拶の場、その場は耐え飲み込むのであった。 拾丸君が将軍の裾をくいくいと引っ張った。半刻の間じっとしていた限界が来たのである。 「父上『かめ』やろ? ほら母上も」 「いや、しかしだな…… 御中臈が二人もおる前では」 由喜子は鋭い目つきで二人を睨みつけた。「出ていけ」と、言うことである。富士子はそれを察し、瑠璃の肩を叩き一緒に出ていくことを促す。 「では、私共はこれで失礼させて頂きます」 「うむ、明日から励むが良いぞ。お朱咲よ」
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