60人が本棚に入れています
本棚に追加
「お話してる中、悪いんだけど…… 明日の御奉仕の報告を。明日は大奥の御目見得全員での薙刀の修練の日です。総触れが終わった後は、中庭で『えい! やぁ!』と薙刀を振って頂くのですが、お公家育ちの朱咲子様は薙刀の方は大丈夫かしら? 本物の薙刀を振るので普段からお鍛えになられてないと何日も二の腕の筋肉をお痛めになりますので、ご心配なのですが」
本物の薙刀なら朱鷺の城にて、男の家臣相手にも引けを取らない程に振っている。瑠璃は問題ないと言いたげにニッコリと微笑みを見せた。
「箸より重い物は持ったことがないのですが…… がんばります」
公家の令嬢であればこんなものか。やっぱり私のような武家の令嬢とは違う存在である。と、富士子は思った。暫しの沈黙の後、話を本題に戻す。今の話は「薙刀の話」をしていて、連鎖的に事務報告をしただけであった。
「競い合いが終わった後、泰明院様に声をかけられたの『お瑠璃には至らなくとも見事な戦いであった。御添寝役としてお主を破った者の見届けを行え』って。逆らえなかったし……」
「御添寝役は向かい合う二つの衝立の向こうに一人ずつ、もう一人の方にお会いしなかったの?」
富士子は手を止めて首を傾げた。
「あれ? 何でそれを知ってるの? 最近大奥に入ったばかりでまだ説明受けてないのでは? お手つきにもなってないから、誰も説明してない筈なのに」
しまった。ここに来て「知らない」ことをうっかり言ってしまった。瑠璃は瞬時に誤魔化にかかる。
「外にいた頃から大奥のことはある程度学んでおりまして。床の最中に『御強請り』で城や国の割譲とかを宣う不届きな女中がいたという噂話も聞きまして」
富士子は「ふぅ」と呆れたような溜息を吐いた。
「大奥も秘密主義って言ってるけど、漏れるところから漏れるものね。先は長くなさそう」
よし、誤魔化し切れた。瑠璃が一番聞きたいのはこの先の話だ。一手を打つ駒の音も高くなる。
富士子は続ける。
最初のコメントを投稿しよう!