第四章 真実一路! 目指せ御台所!

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「泰明院様は御自分が外様の家の出身であるせいか、私達のような外様の家出身の女中を積極的に引き立ててくれるの。勿論、御奉仕を頑張ることも必要なんだけどね。その中の一人だとは思う。御小座敷御上段ノ間に入った時には既に床の準備も出来ていた。衝立、布団、お香が完璧に整ってた。慣れてる人の手合よ」 「慣れた御添寝役(おそいねやく)もいたものね」 「私が入った後、上様もお布団の上でお瑠璃を待つ状態。やがてお瑠璃が入ってきたの。後は一晩聞き耳を立てるだけ。でも、お瑠璃はすーすーと寝息を立てて眠りに入ってしまった。何もせずに寝るだけって言うのもよくある話らしいのよ」 そう言えば、あの時は芳しい薔薇の香りに包まれてそのまま眠りに就いていてしまった。あれからまだ一年も経過していないのに数百年は経過したような長さを感じる、だが、あの瞬間(よる)のことは鮮明に思い出せるのであった。 「それで、草木も眠る丑三つ時ぐらいに泰明院様が御小座敷御上段ノ間に入っていらしたのよ。床の間に『時計』が置いてあったから刻に関しては間違いないと思う。私にお声をかけて『ご苦労さまでした、長局にお戻りなさい』って、そしてこうも言ったわ『このことは他言無用、口を貝のように噤めばいいことがあろうぞ』って」 「それがかるた大会の終わりの……」 「泰明院様、もうあなたには従いません。あなたに従い、一人の素晴らしい女中を大奥から追いやることになったのを未だに後悔しております。その結果、御中臈筆頭の地位にまで引き上げてくれたのも感謝しております。ですが、もう限界で御座います」 「その後は部屋で寝ていたわ。朝になって上様が殺されたと大奥は阿鼻叫喚の大騒ぎ、下手人はお瑠璃だという話になっていたの。上様が殺されて大変な日なのに朝一番で『お富士を御中臈筆頭に任ず』って辞令が下っていたわ。ああ、これが口を噤む報酬なんだって…… 私は藩の運命…… いえ、父の厳命を背負って大奥に入った身、何も言わないだけで出世が出来るならと口を噤む道を選んだ」 瑠璃は何故「助けてくれなかった!」「証言をしてくれなかった!」と富士子を責めたくなった。だが、彼女も脅されていたと考えると責める気も一瞬で失せるのであった。もし、断れば江戸城のお堀にプカプカと浮く羽目になるだろう。この大奥はこれぐらいに狂った場所だ。言わば同じ犠牲者。やはり黒幕は泰明院である。それがわかっただけでも大収穫だ。瑠璃は力強く駒を叩きつけた。
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