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すると、富士子は力なく項垂れていた。そして、これまた力なく囁くように口を開いた。
「詰みです。後三手でお朱咲様の勝ちです。将棋もお強い」
「いえ、まだいくらか手は……」
「いえ、王の逃げ道に香車が来るように置かれては手も足も出ませぬ。対局、ありがとうございました」
すると、御坊主が御休息の襖をそっと開けた。
「失礼します。湯殿の準備が出来ましてで御座います」
ああ、床入りの前に身を清めるのか。長局備え付けの風呂は小さくて足が伸ばせないし、遊郭の風呂は常に遊女の満員御礼芋洗い状態でゆっくりと出来なかった。あの日以来のゆっくりと出来そうな入浴に瑠璃は機嫌を良くした。だが、傅えられる身であると考えるとのんびりも出来ない。瑠璃はゲンナリとした。だが、救いの手が差し伸べられた。
「本日のお体のお清めは、私、こと南条富士子がお引き受け致します」
「あら、お一人なの?」
「はい、御台所様のお清めは御中臈筆頭が行うとの決まりになっておりますので。世話役の御小姓がやるようなことは私が行います」
これは助かった。富士子であれば話が通じる。瑠璃は久々にのんびり出来ると機嫌を良くした。
女同士、裸の付き合い…… 二人は慣れ親しんだ親友のように入浴を堪能した。ただ、富士子が絹製の糠袋で全身隈なく擦りにかかろうとしたり、香油で二の腕や脹脛の裏などを優しく揉み解しにかかろうとしたところを「あたしが自分でやる」と、お断りを入れただけである。お清めが終わり、肌襦袢一枚を纏ったところで、前とは違う点があることに気が付いた。何と、打掛がそのまま置かれているのである。瑠璃は打掛の帯に手を入れて探ってみた。そこにあったのは硬い感触、瑠璃の簪。二度と同じ轍を踏んでたまるものか。瑠璃は簪を肌襦袢の中の懐に入れるのであった。
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