第四章 真実一路! 目指せ御台所!

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 瑠璃は富士子に導かれて御小座敷御上段ノ間へと辿り着いた。御小座敷御下段ノ間には誰もいない。監視が無い。これが正室と側室の扱いの違いである。御小座敷御上段ノ間も前とは違っていた。御添寝役(おそいねやく)がおらず、二枚の衝立もない。そこにいるのは枕が二つ並べられた布団の上で寝間着姿で座する将軍の姿のみであった。 将軍は瑠璃の後ろにて控えていた富士子に声をかける。 「御中臈、お役目ご苦労。下がるが良いぞ」 「御意のままに」 富士子は御小座敷御上段ノ間を後にした。瑠璃は「お役目ありがとう」と心の中で呟きながら将軍と向かい合うように座した。今回のお香は芳しい香りではあったが、嗅いでいるだけで気分が落ち着き、眠くなりそうなぐらいのものであった。 「どうだ? 出島経由でオランダから仕入れてきたカミツレ(カモミール)と言う花の香りであるぞ。気分が落ち着くであろう?」 将軍はこう言いながら瑠璃に背を向けて寝転がってしまった。 「あ…… あの? 上様…… 今からお始めになるのでは……」 「何もせぬぞ。寝ておれ」 「あの……」 「なんじゃ? 一晩酒でも飲み交わしたいのか? 将棋でもしたいのか? それとも出島経由で持ってきた『とらむぷかるた』とかでもしたいのか? 一から十三までの札が四組あってだな。千変万化に遊戯(あそ)べると言う。確か今は老中詰所に貸し出しておるから持ってこさせようか」 「いえ、そういったわけでは……」 「成程、初めてであるか。余も実はこの形式では初めてでな…… 慣れぬのだ。ゆるせ」 瑠璃は今自分が置かれている状況に全くの見当がつかなかった。床を共にするつもりで訪れたのに、肝心の将軍は酒を飲むだの、遊戯(あそ)ぼうだの…… 困惑するのも当然である。 「余の話をしよう。実は余は女が嫌いでな…… 我が身を女に預けると思うだけで虫唾が走る。たとえそなたが余の目の前で裸になろうとも裸踊りをし色目を使おうとも余は何も感じぬ」 いきなり何を言っているのだろうか。瑠璃には全く理解が出来ない。将軍は続けた。 「余は大奥生まれ大奥育ちでな。女同士の争いは飽きるほどに見ておる。女嫌いにもなろう。それに将軍家の男に生まれたからには胤を残さねばならぬでな。まだ手足も伸び切る前から体を好き勝手とされてきた。語りたくもないぐらいにな…… 聞きたいなら語ってやろうか?」 瑠璃は吉原遊廓に一時的とはいえ居た人間。それに「胤を残す」と言う言の葉から、朧げではあるが、将軍が幼少期に何をされてきたかの見当がつくのであった。
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