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「いえ、聞きたくありません」
「ありがたい。この大奥にいた幼き刻の記憶を消すことが出来るなら百万両でも藩の一つや二つでもくれてやるものを。しかし、人の記憶、人に起こったことと言うのは消せないもの。頭の中にこびりつき、思い出す度に死にたくなる程に辛くなろうとも生涯向き合わねばならぬ」
「上様……」
「それを庇ってくれたのが兄だ。余の分まで引き受けてくれた、長男の立場故に余の倍以上は酷い目に遭うとるだろう。その結果が母である泰明院の言いなり操り人形だ」
「実の母が息子をこんな目に遭わせるなんて……」
「血と肉と骨を与えし母であろうと、臍の尾が切れた時点で他人も同然。ましてや相手は大奥に取り込まれた怪物よ。自らの子であろうと将軍の胤を繋ぎ留め、幕府を存続させるための道具に過ぎん」
将軍は冷酷な口調で自らの母である泰明院を「怪物」とまで言い切った。穏やかな口調で、穏やかな声ではあったが、瑠璃は恐怖を感じてならないのであった。
「そんな訳だ。眠って良いぞ。かるたと言うものは心と体をすり減らすもの。疲れているだろう。明日の朝、この大奥と幕府の最大の秘密を語ろう。今日はちと疲れた」
そう言うと、将軍は布団に潜り込みそのまま眠り込んでしまった。刹那の間に高鼾をかくところ、相当に寝付きが良いお人のようで…… 瑠璃は「一緒にいて楽しい人ではあるな」と、考えながら同じく眠りに就くのであった。
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