第四章 真実一路! 目指せ御台所!

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「上様!」 将軍は血に染まった掌を瑠璃の前に出した。瑠璃は労咳を疑ったが、咳が違う。ただ、既視感と既聴感はあった。大邑崎花魁が亡くなる前にしていたものと同じものだと瑠璃は察した。 「梅毒が…… 胃袋の方にお回りになられているのですか……」 将軍は驚いたような顔を見せた。それから袖の中より手巾を取り出し血を拭う。そして袖を捲くった。そこから見える二の腕には大邑崎花魁の顔についていたものと同じ赤黒い染みが浮かんでいるのであった。 「梅毒という名前を知っとると言うことは…… けふっ! どうしてこの病になったかもわかっておろう。男女の繋がりはこの病を招くと…… 聞くが…… 男同士だと余計に招きやすいらしい…… 初代大将軍も同じ病で死んだと聞く…… 皮肉よのう」 瑠璃は御台所となり朝の健康診断を受けた。そのあまりの慎重さに辟易する程であった。将軍もそれと同じかそれ以上の健康診断を毎朝受けている。それなのにどうして医者は何も言わないのだろうかと首を傾げた。 「全く…… 蘭方医学を如何様だと莫迦にするからこんな目に、医者を名乗る坊主なぞ、もう信用できぬわ…… けふっ!」 江戸で医者を名乗っている僧侶は薬草知識が少しあるだけの素人も同然である。江戸城にて将軍や御台所の健康診断を担当する医者であってもそれは変わらない。将軍も体調不良さえ訴えなければ梅毒の診断も出来ない程の素人医者であった。 尚、梅毒に罹患した後の体の染みであるが…… 将軍は入浴も御不浄も基本は「一人」で行っていたために衣類の下を見る者がいない。そのために発覚に至る原因にはなりえなかったのだった。 「上様!」 「お朱咲…… 黒川からある程度のことは聞いている…… あいつとは心も体も通じておるからな…… そなたが御台所となったことで『動き出す者』がおるだろう…… その者こそが蒼隆藩取り潰しの元凶…… 大奥へと…… 戻るのだ…… げはっ!」 将軍は膝を突いてその場に倒れ込んだ。それを見計らったかのように黒川政之進を先頭にして幕臣達が集まってくる。将軍がいきなり倒れたとなっては一大事、江戸城中奥は阿鼻叫喚の大騒ぎ。瑠璃も黒川政之進に「大奥へ戻れ、今日の総触れは無しだ」と言われ、戻ることにした。
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