序章 嫌じゃあ! 大奥なんぞに行きとうない!

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「そうであろう、まさか鷺を狙って射った先には丹頂鶴がおるとは不幸よの。雅成が不憫であるぞ」 「いえ、兄がという意味ではありません、兄に射られた丹頂鶴が可哀想と言う意味です」 江戸時代において丹頂鶴の肉は霊薬同然の高貴なものとして捕獲は厳重に管理されていた。丹頂鶴を狩り、その肉を朝廷に献上することは将軍家の役目で、将軍家以外の者が丹頂鶴を狩ることは禁止されているのであった。 庶民が丹頂鶴を狩れば即死刑。将軍家以外の武士が丹頂鶴を狩れば蟄居閉門(ちっきょへいもん)に処される程の罰則である。 蟄居閉門 江戸時代の武家や公家に与えられる罰則。家の門を閉ざし、人の出入りを禁じ閉じこもること。 「兎に角だ。我が(いえ)の嫡男が蟄居閉門(ちっきょへいもん)に処されてもうてな。まだこれからも別に沙汰があるやもしれん。将軍様の耳に運悪く入りおってな、聞く話によるとこの藩の取り潰しもあるやもしれんのだ。鶴の一羽でこの藩が取り潰しとは酷い話とは思わぬか?」 瑠璃は「藩の取り潰し」と聞いて、これまでのような蝶よ花よの生活が霞のように消え去るかもしれないという危機を感じた。 「それで、この藩は!? どうなるので?」 「今度の参勤交代で江戸に訪れた際に改めて雅成の沙汰を問おうと思う。それでだ、瑠璃も一緒に参勤交代についてきて欲しいのだ」 「何故に私が?」 「譜代大名の立場故に大目に見てくれるとは思うが…… 我は心配性でな。一つの布石を打つことにした」 「布石……? とは?」 「瑠璃、お前は大奥に行き、将軍様のお子を生むのだ!」 瑠璃は捨丸のいきなりの通告に驚き腰を抜かしそうになった。いきなり将軍の子を生めと言われても訳がわからない。一旦深呼吸をし、気分を落ち着かせる。 「我が家の嫡男が犯した過ちだ。我が家で付けねばならん。どれだけでも頭を下げよう、どれだけでも奉行所の奴らの袖の下に金子(きんす)を入れよう。それでも不安なのだ。だからお前を大奥へと()れ! 将軍のお気に入りになってもらおう! 出来ることならば…… 将軍の母となり、家を…… 朱鷺家を守るのだ! 後の将軍の母のおる藩を潰しはすまい!」
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