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第一章 将軍暗殺! 大奥追放! 藩も取り潰し!
卯の刻(朝六時)、江戸城は将軍の寝所にて将軍が目を覚ました。側付きとして宿直していた小姓が「もーっ!」と叫びながら江戸城中を駆け回る。これは「将軍様がお目覚めになりました」と言う合図である。この叫び声を呼び水にして江戸城の一日は始まる。
目覚めた将軍が始めに行うのは洗顔と歯磨きとうがい。小納戸と呼ばれる小姓がそれを行う。寝起きで脂の浮かんだ顔を濡れ手拭いで拭く洗顔。何本もの房楊枝の房で歯を磨き、逆側の爪楊枝で歯間を穿り、再び房で舌の上を掃く、歯磨き粉として塩と香料を混ぜた物を使うことも忘れない。そして最後はうがい。
次に朝食、将軍と言えば豪華な物を食べているように思われるが、キスの塩焼きと白米が付く程度で、二汁三菜と庶民とあまり変わりはない。むしろ、大奥にいる正室を始めとしたお偉方の方が豪華な物を食べているのである。将軍がキスの塩焼きに箸を付けた途端、側付きの小姓が叫ぶ。「御髪番!」と。御髪番はその名の通り、将軍の調髪係のことで、将軍は朝食を食べながら、髭や月代を整え剃られ、髪の結直しを行うのである。
朝食が終われば健康診断。お膳が下げられた刹那、六人もの医者が現れ将軍の脈を取りながら聞き取りで健康状態を確認する。普段は将軍の「よしなに」の一言で終わるのだが、少しでも「頭が痛い」「足の筋が痛い」などと体調不良を訴えればさあ大変、この瞬間より総力を上げての治療が行われるのであった。脈拍も前日と比べて早すぎても遅すぎてもさあ大変、医者が定める標準の脈拍に戻るまで総力を上げての治療が行われるのであった。健康診断が終われば、将軍は羽織裃姿へと着替えさせられ、江戸城中奥にある御清間へと行き、そこに安置された初代将軍以降全ての位牌を参拝するのであった。尚、十七日は初代将軍の命日であるために参拝の時間も長くなる。
参拝を終えた将軍は大奥へと出向き、正妻である御台所に挨拶をする。これまでの起床から参拝までは全て江戸城中奥で行われていた。将軍は大奥へと向かうために、中奥と大奥を繋ぐ御鈴廊下へと向かう。御鈴廊下にて待機していた御鈴係の目に将軍の姿が目に入った。御鈴係は本坪鈴を鳴らすために激しく紐を揺らす。
江戸城、御鈴廊下に鈴の音が響く。将軍が大奥へと訪れる前の合図である。
「上さまの、御成りー」と、御鈴係の声が御成廊下に響き渡る。
開いた襖より将軍が現れた瞬間、豪華絢爛たる打掛を纏った奥女中達が一斉に衣擦れの音と共に平伏し頭を垂れて蹲う。この場で平伏できるのは「御目見得」と呼ばれる大奥の中でも上位に位置する者達。これは「総触れ」と言う儀式で、昨晩将軍が大奥にて寝泊まりをした際にも、一旦中奥へと戻り、先程までの起床からの支度を行い、再び大奥に戻ってくるのだ。
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