第三章 悪役令嬢! 大奥へと凱旋す

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「うむ…… 時に栄光院よ。いつまで兄上の亡霊にしがみつき大奥なぞにいるつもりなのだ? そなたはまだ若い、頭巾を取り、髪を伸ばし、還俗して実家に帰り、新たな夫と共に生きる道もあるのだぞ」 還俗。つまり、尼僧をやめて普通の女に戻ると言うことである。しかし、栄光院は首を横に振った。 「わたくしは、未来永劫あなた様の兄君であられた『永光(ながみつ)様』の妻で御座います。永光様の菩提樹のある江戸城で生命の灯火が消えるまで過ごしとう御座います」 それを聞いた由喜子が笑い飛ばす。 「なぁにを言うておるのだ。将軍の菩提樹と大奥の女中の菩提樹の場所は違う位置にあるわ。一緒に墓に入れるとでも思うておるのか!」 「心はいつまでも『永光様』と共に」 「フン、誓いを立てたところで何になるか。相手が死んでいてはどうしようもないではないか。里はどこであったかな? 栄光院様の荷を送らねばならんでな」 「わたくしの里は…… 京都の鷹小路家にて御座います」 将軍は宙を見て考えた「鷹小路家」と聞いても「そのような公家の家はあったかなぁ?」と思い出そうとするも、どうしても思い倦ねがなく、首を傾げた。 「鷹小路家は…… もうありませぬ。わたくしが大奥に入って暫くした後、賊に入られまして、父も母も兄も……」 「ほう、賊によって御家断絶か。京都も治安が悪うなったものよの。それで、お家再興のために幕府に尻尾と腰を振っておったわけか。その虎の子の徳丸君も亡くなり、今は亡き夫にしがみつき大奥にいるだけの身」 「由喜子、口が過ぎるぞ」と、将軍が割り込む。由喜子もさすがに言い過ぎたかと反省し俯き、いつの間にか出していた扇で顔を隠した。瑠璃はその扇の下にある口角が上がっているのを見逃さなかった。 将軍は強引に話を終わらせにかかった。 「用向きはそれだけであるな? お朱咲に対する処分は無し! しかりと母上に伝えておくのだな!」 「ぎょ、御意のままに」 栄光院はそさくさと将軍御座所から去っていった。多分であるが、今将軍から言われたことをそのまま報告すれば栄光院も泰明院に何らかのお叱りを受けるだろう。瑠璃は栄光院(渚子様)も前までと違って落ちぶれたものだと、哀れみと同情を覚えるのであった。
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