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「さっき、龍田が“味噌汁にネギがー”って言ってたけどさ。それよか僕、自分に催眠術かけて嫌いなものが大好きな味に感じるようななった方が楽しい気がする。あと宿題だってさ、宿題が楽しい!って思えるように催眠術で操作できたら、毎日超楽になるじゃん?」
「その発想はなかった」
「いいかもなそれ」
僕の考えには、存外賛同者が多かった。確かに、宿題を他人にやらせてしまえば、楽はできるがその内容が頭に入ってくることはないだろう。次のテストで良い点が取れるようになるわけでもないから、結局のところマイナスになるだけという考え方もできる。
でも、勉強が大好き!という催眠術を自分にかけることができるなら話は別だ。楽しく勉強できれば身に着くし、宿題も早く終わってテストでも良い点が取れる。まさに良いことしかないではないか。
「それはダメだと思う」
残念ながら、仲間の一人にそんなアイデアは否定されてしまったのだが。
「テレビの方じゃなくて、俺配信で見てるんだけどさ、“催眠術師エックスのふしぎ体験”。そこでおまけっていうか、注意が出てたんだけど。エックスが教えてくれる催眠術は、自分にかけちゃいけないものらしいんだ」
「え、なんで?」
「決まってる。自分で自分に催眠術かけちゃったら、誰がそれを解くんだって話だよ。……それに、エックス流催眠術って、重複できないんだって」
当時は、テレビで番組を見ている生徒と、配信で見ている生徒ならまだ前者の方が多かった時代である。彼は配信組しか知らない情報をひらけかすのがちょっとだけ楽しかったのだろう。指を一本立てて、得意げにこう言ったのだ。
「催眠術が既にかかってる人間に催眠術を書けようとすると、失敗する上に既にかかってる催眠術があった場合解けちゃうらしい。まあそんなわけだから、自分にかけるのはやめておけってことらしいぞ。催眠術とか暗示って、無意識のうちに“良いもの”が自分にかかってることもあるらしいしなあ」
「へえ……」
「奥が深いってやつー?」
恐らく催眠術全般の話ではなく、あくまでテレビで教えてくれている“エックス流催眠術”限定の話ではあったのだと思われるが。まあ、当時の僕に、催眠術のちゃんとした知識なんてあるはずもないし、彼がペテン師かもしれないなんて発想も出てくるはずがない。その時はただ“面白いなー”くらいにしか思わなかったのである。
自分にかけるのはやめた方がいい、ということだけはなんとなくわかった。
それでも催眠術というものの魅力が、頭から離れることはなかったのだけれど。
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