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「パーパ?……マーマは?マーマは?」
「うるせえ!」
本当に。本当の本当に、妻のことを愛していた。だからこそ、この時の俺はただただ彼女に裏切られたという気持ちでいっぱいだったのだ。母親がどうしていなくなったのか問う息子にまともな説明もできず、ついつい怒鳴ってしまうほどに。もう二度と顔を見たくないと思うほど憎んでいるのに、息子の顔を見るだけで彼女の面影を見つけてしまうのである。息子は、自分にまるで似ていなかった。元モデルだった妻によく似た、女性のように綺麗な顔立ちの少年である。それがかえって疎ましかった。置いて行ったくせに、結局この子の所有権は私にあるのよと妻に見せつけられているようで。
理不尽に怒鳴られた息子が尻もちをついてワンワン泣いているのを、傍でザシャがおろおろとしながら見ていた。何をやっているんだ自分、と思いつつ俺はそんな自分を抑えこむことができなかったのである。
――くそっ!畜生!全部全部あいつのせいだ、なんであいつ、この二人を置いてったんだ!俺へのあてつけのつもりか!?
「お前らが、悪くねぇのはわかってんだ。悪いのはあいつだけだ。でもな……」
泣いている息子の頬を、ぺろぺろ撫でているザシャ。その顔はこちらを見ていなかったが、耳がぴくぴく動いているあたり話は聴いていたんだろう。どうせ犬に、自分の言葉の意味などわからないだろうが。
「それでも、お前らを見るとイラつくんだ。あいつを思い出しちまうんだ。くそっ……どうしろってんだよ!」
悪いことは重なるものである。この頃丁度、俺の会社も傾きかかっていて給料が減らされていた。妻と喧嘩をした最初のきっかけは、妻が遊び歩いてそのたびにお金を浪費することからである。
後から思うと、俺にもまったく非がなかったわけじゃないのだろう。何事にも注意の仕方というものはあるし、仕事仕事ばかりで家のことを全部彼女に投げていたのは確かだ。その反動で、彼女が自由な一人の女としての時間を欲しがるようになってしまったというのも、まったくわからない話ではない。
でもこの時の俺に、そんなことを受け止める余裕があるはずもなく。ただただ苛立ちと不安で押し潰されそうになっていたのである。
妻のことを嫌でも思い出させる二人の顔を見るのが、苦痛でたまらなかった。
彼等を育てていく気力も自信もほぼほぼ皆無であったのである。
――どうすりゃいいんだ!どうすればいいってんだよ!!
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