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「一階はほとんど焼けちまってる!二階が燃えるのも時間の問題だ……ドミニクを助けるなんて無理だ、諦めてくれ!」
「わん!わんわんわんわんわん!」
「ザシャ!」
「わんっ!」
彼女は俺の服を離すと、何かを考えるようにぐるぐると回った。集まってきていた周囲の人たちに助けを求めようとしたのかもしれない。
しかし、誰も動いてくれそうにないのを見ると――意を決したように、庭先の木のところまで駆け寄り、一気に登り始めたのである。
木登りが得意なのは猫の方だとされているが、犬でも登れるやつがいないわけではない。俺はこの時初めて、ザシャが木登りができる犬であるということを知ったのだ。
「ま、マジか……!?」
彼女は木を伝って二階のベランダに入ると、あけっぱなしの窓から中に侵入したのである。そして、ドミニクをくわえて戻ってきた。眠っていたであろう息子は煙に巻かれていたせいか、ぐったりとして意識が朦朧としているようようだった。
「ざ、ザシャ!」
「ばふっ!」
ドミニクをくわえたままでは、木を登って帰ってくることなどできない。彼女はそのままベランダから飛び降りた。ぐき、ともぼき、ともつかないような酷い音がしたように思う。恐らく、足でも折ったのだろう。俺は慌てて、落下した彼女とドミニクの元に駆け寄った。煤だらけながらほぼ無傷に見えるドミニクと違い、ザシャはあちこちが焼け焦げ、おまけに足が折れた酷い姿である。それでも彼女は倒れたまま、ドミニクの頬をぺろぺろと舐め続けたのだ。
「もういい、もういいから!ドミニクは絶対助ける、だからお前も死ぬなザシャ!」
「わふ……」
「それから……それからごめんな」
近づいてくる救急車のサイレンを聴きながら。俺は、二人を目いっぱい抱きしめたのである。
「ごめんな。お前は母親になれないなんて言って。……ここまで息子のために尽くせるお前の方が、俺なんかよりずっと立派な親だ。お前は、立派なドミニクのお母さんだよ……!」
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