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その時の怪我が元で、ザシャは歩くことができない身体になった。火傷もそうだが、落ちた時の怪我がよほどひどかったということらしい。
それでも彼女は最終的に、不自由な体ながら十七歳まで生きたのである。犬としては、大往生と言っても過言ではないだろう。
後に俺はドミニクに、どうしてザシャをママと呼ぶようになったのかを尋ねた。するとドミニクは、愛しそうにザシャの写真を眺めながらこう言ったのである。
「俺さ、母さんがいなくなったのは自分のせいだと思ってて。凄く寂しくてさ。ザシャにそういう気持ち、全部話してたんだ。ザシャはいつも、俺の話を黙って聴いてくれた。で、ある日言ったんだ。“ザシャが、僕のママになってくれる?”って。ザシャは吠えて、俺の頬を舐めてくれた。ママになるよって、そう言ってくれてるって俺にはわかったんだ」
不思議なことに、あの頃俺と“ママ”はお互いのことがなんでもわかった気がするんだよ、と高校生になったドミニクは笑ったのだ。
「ありがとな、父さん。……俺と“ママ”のこと、見捨てないでくれて」
「礼なんて言うもんじゃない。言うなら……何回でも、“ママ”に言ってやれ。俺はろくな親なんかじゃないんだからよ」
もし、ザシャがいなかったら。ドミニクはずっと、母親がいない寂しさを埋めることができないまま、苦しい幼少期を過ごしていたかもしれない。そして俺もまた、親としての責任を思い出すことなどできないままだったのかもしれなかった。
――ありがとう、ザシャ。
写真の中。
ザシャは今日も、金色でもふもふの最高の笑顔で、こちらを見つめている。
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