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母親の名前
「私の人生最大の失敗は、貴方のような男を僅かでも魅力的だと思ってしまったことよ、このゴミ!クズ男!」
家を出ていく直前、妻は思いつく限りの罵詈雑言で俺のことを罵った。
「女を、妻を、家族をなんだと思っているの?貴方の人生を飾るアクセサリーなんかじゃないのよ。こんな男だと分かっていたら最初から結婚なんかしなかった……!貴方と結婚した五年、本当に無駄に過ごしてしまったものだわ」
「あーあーそうかい!畜生、人が黙ってれば言いたい放題言ってくれやがって!人をアクセサリー扱いしてるのは一体どっちの方だってんだ、あぁ!?」
「そういう風に自分の行いを棚上げして人のことばっかり非難する!そんな男とこれ以上一緒にいたら私までクズになってしまいそう。会話するだけで苦痛だわ。二度と私の前に現れないで、さようなら!」
「それはこっちの台詞だ、何処にでも行っちまえこのブス!」
お互い、これでもかというほど拗れた結果の別れだった。俺は彼女が妻としての行いを放棄して友達と遊び歩くのが我慢ならなかったし、彼女は俺が家庭を顧みず仕事ばかりすると非難した。完全に平行線である。結婚当初は“良妻賢母になれるよう努めます”だなんてしおらしく言っていたあの女は一体どこに行ってしまったのだろう。確実なことは一つ。自分達の道はもう、二度と交わることなどないだろうということである。結婚した頃は、あれだけお互いの姿がないと不安になるほど求め合ったはずだというのに。
彼女が家を出て行ってすぐ、俺は彼女が残していった衣服や道具の類をかたっぱしから処分した。売れるものは売り、そうでないものはストレス発散もかねて粉々にブチ壊してからゴミ捨て場に捨てた。――だが、どうしても捨てることができないものが二つだけあったのである。
彼女との間にできた、四歳になる息子のドミニク。
それから彼女と一緒にペットショップで購入した、二歳になるメスのゴールデンレトリバーのザシャだった。いくら俺でも、自分の子供である以上まったく息子に愛情がなかったわけではないし、それは犬に対しても同様である。ましてやこの国は犬をとても大切にしているので、ヘタに粗末に扱うような真似をすれば懲役刑に課せられることもあるほどだ。捨てるなんて、簡単にできるはずもなかった。はずもなかったが――だからといって、彼女が“置いて行ったもの二つ”を簡単に受け止められるほど、俺は心に余裕などなかったのである。
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