【二】

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【二】

 (きぬ)()が警察官になった理由は月並みだった。  罪のない人を守りたい。  害ある犯罪者を制したい。  どちらも理由には違いなかったが、絹田の意識に強く上るのは後者の方だ。  特に「害ある」という要素が絹田に強い動機を生んだ。  本来ならば平穏に暮らせるはずの無辜の市民が、倫理観の欠如した怪物の手で一方的に害されることはあってはならない。  だからといって自衛にも限度がある。弱者による制御されざる「自衛」は、怪物の所業と紙一重だ。社会にあまねく暴力を許すことは、当然のごとく無秩序を誘起する。  警察官が実力行使の権利を独占し、理性的に使用する。市民は他人の手で暴力を与えられる危険からも、自身の手に暴力をいただく危険からも守られる。絹田にとって極めて合理的であり、理想的な仕組みに思えた。  警察官は己の良心と理性に従って実力をふるい、怪物を制御することができる。  絹田は市役所に勤める一市民だったが、実力を求めて警察官に転身した。  そうして今、街のどこかにひそむ殺人鬼の陰を察知し、己の役目を果たすときだと予感していた。
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