【二】

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 遺体の発見された翌日、絹田は検視の経過を聞くため執刀医のもとを訪れた。  身元の確認はまだできていないが、一人は男、一人は女であった。体表は完全に焦げていたものの、雨によって鎮火されたせいか内側はそれほど損傷がなかったらしい。骨は無事で血液やDNAも採取可能。個人を特定するのに充分な情報はそろっているという。  死因に関する執刀医の報告を聞き、絹田は疑問の声を返した。 「――焼死じゃない?」 「はい。体が燃えたのは死後だと思われます。煙を吸い込んだ痕跡もありませんし、死後、地面に寝かされた状態で油をかけられ、火を付けられたと考えるべきでしょう」  考えてみれば当然だ、と絹田は納得する。息のある人間が体に火を点けられて大人しく寝ているとは思えないし、燃やした後で犯人が死体を仰向けに並べなおしたとも考えにくい。  殺人現場は別にある。犯人は殺した二人をあの空き地に運び、燃やして証拠隠滅しようとした――のだろうか。  眉根を寄せる絹田に向かって、執刀医が説明を続ける。 「全身に見られる切創もすべて、燃やされる前に付いた傷のようです」 「凶器はどんなもの?」 「大ぶりで、かなり鋭利な刃物ですね。傷口がすごく滑らかで、なんというか……肉を削ぎ取った、というふうに見えました」  物騒な表現だ。  絹田は写真に写る無惨な死体の様子を眺めた。骨が露出しているのは腕と脚、臀部、頬。胴体部にも傷はあり、確かに体の贅肉部を削ぎ取ったと考えれば得心が行く。 「それぞれの傷は致命傷に至るようなものではなかったです。大きな血管も傷ついてない。死因としてはおそらく、失血によるショックじゃないかと考えられます」 「傷は生前に付けられたものか」 「そう……いうことになりますね。でも創面はきれいで暴れた形跡がないので、麻酔か何かで眠らされていたのかもしれません」 「麻酔ってのは、痕跡が残らないのかな?」 「方法によるのでなんとも言えませんね。少なくとも血中からそれらしい薬物は検出されませんでした」  執刀医の歯切れの悪い口調に、あまり詳しい情報は期待できなさそうだと内心で決め込んだ。検視といっても執刀医によって成果に幅があることはよく知っている。とはいえ起こりえない可能性を潰すのには充分に役立つものだが。  すべてを明らかにするには、犯人が何をしたか、それはなぜなのかを突き止めなければいけない。それこそが犯人の罪を決める。  ――殺すことが目的だとは思えない。  考えながら、絹田はいっそう眉間にしわを刻む。  二人をただ殺したかったのなら他にいくらでも方法はある。肉を削ぐ必要などない。むしろ肉を削ぐこと自体が目的だったのではないか。現場から肉の塊らしいものは見つかっていないのだ。犯人は人間の肉が欲しかった――?  いや、決めつけるには早急だ。  絹田はかぶりを振ってため息をつく。  刑事課に勤めた七年間、このように異常な動機を思わせる殺人には出くわしたことがなかった。多くの場合、自身の利益を得るために他人を殺す。その人物の命を狙っての行為。  だが今回はどうだ。絹田が短絡的に想起した動機が正しいとすれば、犯人にとって被害者の命などどうでもよかった。ただ必要なものを奪い、いらなくなった死体は焼却処分した。  人倫にもとる行為にほかならない。  そんな行為を手に掛けられる怪物が、街の中に潜んでいる。  絹田は怪物を捕らえ、罪を贖わせねばならない。それこそ警察が果たすべき役目。実力を持つことを許される理由なのだから。
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