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【三】
数日後に検視が完了し、事件は絹田の手を離れることとなった。
二人の身元がいずれも暴力団の関係者だと判明し、組対四課に回されたからだ。
男は構成員の若いチンピラで、女は同じ組の若頭の愛人だという。
若頭は二人が行方不明であることは心得ていたようで、死んだと知ってもたいして反応を見せなかったらしい。
だとすれば二人を殺した者もまたアンダーグラウンドの住人だと考えられる。組内外の抗争が関係していることは予想がつく。
そう結論づけられたせいか、この殺人事件が世をにぎわせることはなかった。死体が見つかったことだけは報道されたものの、手口の異常性があえて隠されたせいだ。
事案を取り上げられた絹田は当然ながら気を揉んだが、それも存外長くは続かなかった。
犯人が捕まったというのだ。
自首してきたのはホームレスの老人だった。
夜、路地裏に座っていたところを件の男女に絡まれ、暴力を受けたのだという。逆上した老人は反撃を図ったが、勢いあまって二人を殺してしまい、事が露呈することを恐れて火を付け、逃走した。だが冷静になるとやはり罪悪感を覚えてしまい、地獄に落とされる前に自ら捕まりに来た――と、供述したらしい。
絹田は彼の調書を読んだ。顔や立ち居振る舞いも見た。
額の秀でた白髪の老人は瞼をいつも半開きにしていて、薄い唇をほとんど動かさずにぼそぼそと喋った。話の内容はいつも同じだった。テープレコーダーを繰り返し再生するように、決まりきった文章しか口にしなかった。
この信ぴょう性の薄い自白は、驚くべきことにそのまま受け入れられた。
当然ながら絹田には納得できない。七十歳の老人一人が素手で若い男女を殺せるとは思えないし、二人が焼かれる前に肉を削がれていたことの説明がつかないではないか。
だが、そんな疑問を声高に口にしたのは絹田だけだった。
課長や暴力団取り締まりを担当した刑事に詰め寄ってみても、「余計なことに口を挟むな」とあしらわれるばかり。
何かが隠されているのは明白だった。
事件の猟奇性が市民の目から隠されたように、きっと本物の犯人も一介の警察官の目には見えないところにいる。ホームレスの老人はただ利用されたにすぎない。
絹田は諦められなかった。
あの男女を凄惨な拷問の末に殺した人間――同じ人間なのだ――が野放しになっていることを考えると、正義感に駆られて憤慨するとともに、人間という生物の本質に対して抱いていた希望をやすやすと打ち砕かれたことへの遣る瀬無さを痛感せざるを得ない。
結局、絹田は一人勝手に捜査めいた行動を続けた。
検視結果をすみずみまで眺め、現場の付近で聞きこみを行ったものの、新たな手がかりは見つからなかった。
女の愛人だったという暴力団の若頭や、周辺のチンピラたちにも内密に接触した。なんらかの情報は持っているはず。だがどう尋ねようと何も教えてもらえず、「済んだことだ」の一点張りだった。
絹田の追及に対して口をつぐむ者、興味を示さない者――その誰もが隠された事実を知っているというわけではあるまい。上から指示されたからか、あるいは絹田のように疑問を抱く材料を持っていないからか。背景にあるのはそんな他愛のないことだろう。
事実を知る者に追及しなければ意味がない。
だが絹田には、それが誰なのかすら分からなかった。
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