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【五】
暗い部屋で目を覚ました絹田は、手術台のような細長い台に仰向けに横たえられていた。
裸の全身は関節をベルトで拘束され、まったく身動きが取れない。顎にも冷たい拘束具が嵌められ、口を利くどころか唇を開くことすら不可能だった。
拘束されているにも拘わらず、絹田は極めて理性的に状況を把握していた。
死体遺棄現場の近くで妙な男に拉致された。記憶が途切れているが、スタンガンか薬品か、あるいは格闘によって気絶させられたのだろう。
こうして絹田を生かしているからには、何らかの目的がある。無差別な誘拐ではない。相手は絹田の名前を知っていたのだから。
大男は、絹田の横たわる手術台の脇にたたずんでいた。
見上げるといっそう大きく思える巨体の背中は相変わらず丸められている。横たわった絹田より高い位置にいるはずなのに、絹田の顔をのぞきこんでくる目つきはどうしてか上目遣いに見える。
大男は無言で、無表情だった。
うつむいて眉尻を下げた表情が暗いものに見えたのは確かだ。だがそれは、今このときに抱いている感情を表したものというより、ただ男が生来暗い顔つきを持ち合わせているだけのことと思われた。
絹田は大男が手に刃物を持っていることに気付いていた。ステンレス包丁を思わせる鈍い銀色で、刃がやや湾曲している。縁に欠けや汚れはなく、丁寧に手入れされた得物らしい。
凶器を持って立つ異様な大男。そいつにこれからされることを想起し、恐怖がなかったといえば嘘になる。だがそれよりも、男が何かアクションを起こすことでその意図が分かるだろうと期待していた。
絹田から何か情報を得ようとしているのか。いや、絹田の口を塞いでいる以上、会話をするつもりはないのだろうか。ならば人間の肉体で何らかの実験でもしようというのか。あるいはただ人をいたぶることで愉悦を味わいたいのか。
得体の知れないこの男の目的が知りたい。分かってしまえば不気味な存在ではなくなる。理性でもって実体を捕らえることができれば、むやみに恐れる必要はないのだ。
じっと絹田を見つめていた大男は、少なくとも明確には意図を明かさなかった。何か言いたげに唇を震わせる様子はあったが、結局口は開かれず、言葉を発することもない。
絹田はこの男が話しかけてきたときの妙に慇懃な口調を思い出す。
名前を聞いた――いや、確認してきただけだった。それでもこの男が図体や腕力を使って絹田を威嚇するつもりがないのは確かだと思えた。
この男は、例の男女の殺人に関与しているのだろうか?
死体遺棄現場で遭遇した以上、事件に結びつけたくなるのも無理はあるまい。
関係があるのだとすれば犯人である可能性が高いように思える。
絹田の追っていた殺人犯が、自ら接触してきたのだとしたら。絹田は知りたかった情報を得ることができる。
――お前が犯人なのか?
追求しようにも、口を塞がれていた絹田に男を問い質すことはかなわない。
大男もまた説明するつもりはないらしい。
ただ刃物を絹田の体に差し入れる、その行為はまぎれもなく答えを示していた。
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