暗闇での助け舟

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まさかの出来事に身体が固まっていた。 「あ、ごめん。 驚かせちゃった?」 智光のその言葉に必死に首を縦に振る。 「でもこうしていれば安心だろう?」 「そう、だけど・・・」 安心というより緊張感の方が半端ない。 好きな人に触れられているというだけで心臓が破裂しそうだった。 ―――ヤバいよ、この状況! ―――まさか智光くんに肩を抱かれるなんて、まるで夢みたい・・・。 緊張が伝わらないように必死に平静を装っていた。 だが智光の腕が徐々に下へと下がっていくことに気付く。 ―――・・・うん? 何故か背筋がぞわりとした。 明乃の腰まで到着したその手は腰付近を優しく擦るように撫で回している。 ―――え、何をやってんの・・・!? 確かに智光のことは好きだが、こんな状況下、いきなりこれでは恐怖と嫌悪感しかなかった。 安心という言葉が不安で塗り潰されていく。  どうしようか、でもクラスメイトだし片思いしているし、そんな風に考えると何も言うことができなかった。 「このエレベーターの中に痴漢している奴がいまーす」 そんな時に、聞こえた声は天からの助けだった。 乗っている男性が皆挙動不審になったのはある種仕方のないことだと思う。 そんな中智光だけがハッキリと宣言した。 「俺は明乃さんのことなんて触っていないぞ!」 動揺した智光の声に白々しいと明乃は思った。 思いが急速に冷めるのは、二人の関係が元々遠かったせいなのかもしれない。 「へぇ? 触った相手の名前まで分かっているって、自分で言うわけね」 「ッ、はぁ!?」 明らかに智光が動揺した。 「というか、いくら薄暗いって言っても完全な暗闇じゃないんだから、肩を抱いたところは周りの人も見えているぞ? なのに、触っていないって・・・。 間抜け?」 「ッ・・・」 勝ち誇るような言い方に智光は歯を食い縛って手を下ろした。 周りの視線が智光に向けられる。 ただ先程二人で会話しているところも見たため扱いに困っているような感じだ。 『お待たせしました。 一階へ参ります』 その時そうアナウンスが鳴った。 明かりがつきエレベーターは一階へ移動する。 ―――無事、戻った・・・。 そうホッと胸を撫で下ろしたその時だった。 ―ガバッ。 扉が開くやいなや智光は一目散にエレベーターから降りて走り去っていった。 「ッ!?」 智光は振り返ることさえしなかった。 現行犯逮捕ならともかく、今となっては捕まえることも難しいだろう。 ―――まさか、あんなことをするなんて・・・。 ―――私は上辺だけしか見ていなかったのかな・・・? イメージとかけ離れていた姿に唖然としていた。 茫然自失というのが相応しく、学校に遅刻するなんてことは頭から消え去っていた。 そこから引き戻したのは、後ろから呼びかけられた声だった。 「おい」 「え?」 振り返るとそこには雪夜がいた。 雪夜がエレベーターの奥でたたずんでいる。 「雪夜!? え、どうしてこんなところに?」 「俺も一緒のエレベーターに乗っていたからだよ」 そう言って一緒にエレベーターを降りた。 「嘘!? どうして先に行かなかったの?」 尋ねると顔を背けて雪夜は言った。 「・・・ギリギリまで明乃を待とうとしたから」 「・・・え?」 「だからアイツは止めておけって言っただろ。 行くぞ」 「あ、待って!」 もう遅刻は確定だが、どうやら雪夜がトラブルが起きたことを学校に知らせてくれたらしい。  ―――え、何、どういうこと? ―――あの時声を上げてくれたのって、雪夜だったの・・・? 雪夜の声ならいつも聞いているが、狭く圧迫感のあるエレベーター内だったため分からなかったのだ。 そう言えば最初に庇ってくれた時も、よくよく思えば智光を糾弾した時の声と同じだ。  つまり智光は一度も自分を庇ってくれたわけではなかったのだ。 それが分かると雪夜を見る目が変わった。 雪夜の背中を追いかけようと一歩を踏み出す。 だがその瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
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