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最強の喧嘩師
極彩色に瞬く、夜のトウキョウ。その輝きはイミテーションの宝石のようにどこか胡乱で、だが美しかった。そう感じさせるのは、この街の灯が魔法科学によって生み出された人工物だからかもしれない。
兎も角。
今宵もまやかしの灯の元、さながら街灯に誘われる羽虫の如く、多くのものが集う。そこになんの隔たりもない。人間、エルフ、巨人族オーガに小人族リリパット。全てが等しく惹きつけられるのだ。
そんな混交とした街に音色が響いた。
三味線の音だ。しかし、その曲は伝統的な節回しとは趣きを異にしていた。
凶猛なる旋律
民謡、ロック、ラップと様々なテイストを混ぜ合わせた独特な曲はひとびとのざわめきよりもなお大きく、まるでこの街全体を覆い尽くさんとせんばかりに響き渡る。
鳴り響く炎のような音色と歌声は不思議に魅惑的で。街ゆくひとびとはまるで夢遊病者のようにフラフラと演者の元へと吸い寄せられていった。
その先に居るはエルフの美女。種族の特徴である尖った耳には三連ピアスが金色の輝きを放ち舞っていた。特注であろう革製の着物に身を包んだエルフはひとびとを煽るようにして、さらに激しく三味線をかき鳴らす。
すると歓声が沸き起こった。
この街の住人は退屈を蛇蝎の如く嫌う生粋の刺激好きどもだ。新しいもの、面白いものを見つける目は肥えている。その連中をこれほどまでに熱狂させるは、エルフの実力が本物である証だろう。
息巻く観客に呼応し演奏がさらに熱を帯び始めたその時である。
「止めろ、コラァッッ!」
粗野な男の声が演奏を止めた。エルフを取り囲むひとだかりを蹴散らしながら現れいでたるは、5人の野暮な男たち。
内訳はオーガとリリパットが1人づつで残りが人族であった。声の主はオーガ族の男。しかも巨躯を誇るオーガ、その中でも特に大きな背丈と筋肉による厚みを持った男である。
その姿はもはや生物というより、巨大な岩が動いているかのような圧力を放っていた。
恫喝するように、オーガの男はギョロリと周りを睨め付ける。するとエルフを囲んでいた連中は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
この街の住人は刺激的なものへの嗅覚が鋭い。それはエルフの女のような良質なコンテンツを探し出すのにも、オーガの男たちのような本当に触れてはならない危険な連中を嗅ぎ分けるのにも役に立つ。それがなければこの街で生きていけない。
エルフの女とオーガたちの周りだけすっかりひとが居なくなり、そこだけまるで穴を穿ったようにポッカリ空く。それをオーガの男は満足そうに眺め口を開く。
「で、お前は誰に許可を得てこんなとこでライブなんてやってんだ?」
オーガの言葉にエルフはキッと睨みつけ答える。
「警察。許可はちゃんととってるんだ。文句を言われる筋合いなんてないね!」
「警察ぅ?ンな雑魚どものことなんてどうでもいいんだよ。それより俺らの許可は取ってるのかって聞いてんだ!」
「なんで、あんたらなんかの許可をもらわないといけないんだ」
エルフの反論にオーガはニヤリと笑う。
「俺らは『大嶽丸』だ。それだけ言えばわかるだろ?」
それを聞いてエルフはウッと息を呑む。不味い連中に目をつけられたと思ったのだ。
大嶽丸というのは最近この辺りで跳ね回っている愚連隊の名だ。暴力によって急速に勢力を伸ばしてきた悪名高い連中である。
その凶暴性は警察相手に大立ち回りを演じ、ニュースになったこともあるほどだ。オーガの男が先ほど警察など歯牙にも掛けないと言った態度をとったのも虚勢でなく本気なのだろう。
それほど倫理の箍が外れた奴らなのだ。
そんな連中と事を構えるのは得策ではない。腹は立つが、と思いながらエルフは口を開く。
「わかった、もうここじゃライブはやらないよ。それで満足だろう?」
そう言って楽器を片付けようとする。だが、オーガは「待てよ」と彼女に言った。
「何?まだ、あたしに用があるの?ああ、ここを使った場所代が必要なんだね。いくらだい?」
ヤケクソになってエルフは言う。
今どき場所代など時代錯誤も甚だしい話であるが、大嶽丸の連中は平気でそれを要求してくるのは有名な話だ。芯から自分たちが街の支配者だと自惚れているのだろう。
「で?いくら払えばいいのさ?さっさと教えなさいよ。あたしはもう帰りたいんだ」
待てど答えぬ男たちにエルフは苛立ちを隠さず再び尋ねる。だが、それでも男たちは答えずニヤニヤと下卑た笑いだけを浮かべた。その様子にエルフは嫌な予感を抱く。
「ちょっと聞こえないの!?」
エルフの金切声にようやくオーガの男が口を開く。
「金……もいいが、もっと他にあるだろ?なぁ、俺らにお高くとまったエルフ女の味、教えてくれよ?」
瞬間、エルフの全身を嫌悪感が走り抜けた。男たちの下劣さに反吐が出そうになる。
「つーわけだ、こいよ。楽しもうぜ?」
人族の男がエルフの手を強引に掴む。エルフの口から悲鳴が漏れた。
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