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それを見ても街の者たちは誰も動かなかった。面倒なことに首を突っ込まない。この街で生きていくための知恵、である。
「い、いやぁ!」
男の腕を振り解こうとエルフは出鱈目に体を動かし逃れようとする。
「シダバタすんなよ、馬鹿野郎!」
抵抗に苛立った人族の男がエルフの顔を平手で殴る。エルフは殴られた衝撃で倒れ込みそうになるが、人族の男がガッチリ腕を掴んでいてそれを許さない。
他の男たちは女が殴られるのを見て笑った。恐怖と恥辱で然しもの気が強いエルフの瞳にも涙が浮かんだ正にその時だ。
「ちょっと、何やってるの!」
ひと混みから声が上がった。
エルフと男たちは驚き、声のほうへと視線を向ける。
するとそこに人族の女の姿があった。年のころは18、19ほどか。亜麻色の髪を短く刈り込んだ、爽やかな雰囲気の娘である。
垂れ気味の目尻をした平常であれば優しい顔立ちの娘と思われたが、今は男たちの蛮行に怒り柳眉を逆立て怖い顔をしている。
そんな娘がズンズンと大股でエルフたちのほうへ近づいて来たのだ。
「なんだ、お前?」
エルフの腕を掴む人族の男が言った。華奢な体つきをした娘に何が出来ると侮っているのだろう。声には小馬鹿にしたような響きがあった。
「ただのお節介焼き」
むっつり娘は答えると人族の男をほとんど突き飛ばすようにしてエルフから引き剥がした。
「何すんだ、この野郎!」
人族の男が怒鳴るが娘は意に介さずエルフのほうにだけ向き「大丈夫?」っと心配そうに声をかけた。
「わたし剛山姫乃って言います。でも、みんなからは『豪姫』って呼ばれているから、あなたもそう呼んでくれると嬉しいな。ねぇ、お姉さんのお名前は?」
「あ、あたしは百目木絢音」
「大変だったね、絢音さん。でも、もう大丈夫だよ」そう言った豪姫の背後で大嶽丸の連中が射るような視線で2人を睨みつけていた。「あいつらはわたしがなんとかするから」
豪姫は振り向き大嶽丸たちと対峙する。
巨躯のオーガを筆頭にした5人の男どもの前で豪姫はあまりに小さく、無力に見えた。
「豪姫!」
止めようと絢音は思わず叫んでいた。この優しい娘を危険に晒したくなかったのだ。
しかし、当の豪姫は慌てる様子もなく片手だけ上げ応える。
「心配しないで。不本意だけど荒事には慣れてるんだ。だから大丈夫。それに……わたしは強いよ!」
その言葉に絢音は呆然となる。
まさか5人の無法者どもを相手にたった1人で戦おうと言うのだろうか?それはあまりに無謀なことのように絢音には思えた。
大嶽丸の連中も同じことを感じたらしい。もっとも、連中は絢音と違い豪姫の身を案じずただその無謀さをゲラゲラ嘲笑ったただけであったが。
「もしかして俺たち相手に喧嘩するつもりなのか、お嬢ちゃん?」
リリパットの男が言った。
「ホントはケンカなんてイヤだよ。でも、このままわたしたちを帰してくれる気無いんでしょ?」
豪姫の言葉に男たちは答えない。だが、その沈黙こそが答えであった。
「だったら、あんたたちをぶっ飛ばすしかないじゃない?後で泣いても遅いんだからね」
「それはこっちのセリフだ!」
言いながら最初に飛びかかったのはリリパットの男だ。
リリパットは小人族とも言われる小柄な種族で成人男子でも身長は120程までしか成長しない。その小柄さゆえ腕力は弱く、強靭な肉体を持つオーガ族はもちろん人族やエルフの女よりも非力なのだ。
しかし、戦いになったときのリリパットを侮ってはならない。腕力こそ弱いが反射神経に優れ、足も速いので捉えることが難しい。ちょこまかと動き回り、じわりじわりと打撃を加えていく、なぶる様な戦い方に手痛い目にあった者は数多い。
(まずは、懐に飛び込んでビビらせてやる)
そう思うとリリパットは地を蹴り走り豪姫の懐へ潜りこむ。そして下から拳を叩き込もうとした。
しかし、拳が豪姫の腹部にヒットする直前、彼の体が宙に浮いた。重力が突如ストライキを起こしたのであろうか?
無論そんなはずはない。豪姫である。
彼女がリリパットの拳を掴み宙吊りにしたのだ。
驚異的な身体能力である。すばしっこいリリパットの動きを見切り、拳を受け止める反射神経。そして小柄と言っても30キロを超えるリリパットの男を腕一本で軽々持ち上げる膂力。どちらも人族の女としては破格の力だ。
それに大嶽丸の連中、そして絢音までもが驚き目を見開いた。
だが、それだけで終わらない。
「うわぁあっ!?」
リリパットの男が叫ぶ。腕を振りかぶった豪姫がリリパットをまるでボールのように投げ飛ばしたのだ。
ゴッッッ!
肉と骨の塊同士がぶつかる鈍く重い音が辺りに響いた。
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