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投げられたリリパットの男が仲間の1人にぶつかった音だ。そのまま2人はアスファルトに倒れ動かなくなった。
豪姫はさらに動く。リリパットの男を投げ飛ばすと同時に駆けていたのだ。そして、事態に呆然としていた人族の男へ近づくと拳を叩きこもうとする。
不恰好な拳であった。格闘技の経験がない絢音から見ても素人であるとわかるような大振りな拳。
だが、威力は桁違いだった。
当たるを幸いに繰り出された豪姫の拳は男の胸板にヒットした。すると男はまるで爆発に巻き込まれたように吹き飛び、アスファルトの上でワンバウンドすると白目を剥いて気を失った。
それでも豪姫は止まらない。残った人族の男まで屠ろうと、さらなる攻撃を試みようとした。
だが。
ブゥンッ!
空を裂き太い丸太のようなオーガの腕が豪姫に襲いかかった。
「ッッ!」
当たればただでは済まぬであろう剛腕を豪姫は横っ飛びで躱すと空中でクルリ独楽のように回り着地した。
「お前……何者だ?」
ようやく止まった豪姫に向かってオーガが言った。
「ただの大学生」
豪姫のぶっきらぼうな答えにオーガは顔をしかめる。
「そんなわけあるか!ただの人族の女にこんな真似できるわけないだろ!?」
叫び、オーガが指さした先には屍のようになった大嶽丸の連中がアスファルトの上で横たわっていた。
「んー、わたしの父さんは人族だけど、母さんはオーガだから、それで力が強いんじゃないかな?多分だけど」
と豪姫は言うが、そもそも。
種族が異なる親を持つ子は両親どちらかの特徴だけを受け継ぐものだ。豪姫の例で言えば中庸な背丈と力を持った人族の特徴を持って生まれるか、大柄で力が強いオーガの特徴を持って生まれるかのどちらかになる。だから、両方の特徴を持って生まれた、などと言う理外の説明をされても納得する者は少ないだろう。
無論、このオーガもそうである。納得するどころか、むしろ適当な話を並べ煙に巻かれたと思い、ますます怒りの色を濃くした。
「ふざけやがって……」
「本当なんだけどなぁ」ポツリ豪姫は言ったが、オーガの耳には届かない。「ま、それはそれとして、さ。いい加減、絢音さんに謝ってよね?悪いことしたら謝る、これ大切なことだよ?」
「……はぁ?ンなことするか!俺らが詫びをいれる筋合いなんてねぇからなぁ!!」
「何言ってるの!?普通の女の子を数と暴力で脅しておいて自分たちは悪くないとかバッカじゃないの?」
「なんだと!」
豪姫と子供じみた口喧嘩を繰り広げるオーガは額に青筋を浮かべすっかり冷静さを失っているように見えた。
だが、実のところ。彼は冷静で、そして狡猾であった。
オーガが仲間の人族にチラリと目配せする。それを絢音は見逃さなかった。しかし、彼女が『あっ』と思ったとき人族の男はもう携帯端末を操作しながら動いていた。端末に魔法の根源である力が収束していくのを感じる。魔術の扱いに長けた種族であるエルフの絢音は力の動きを視ることができる。この中で彼女だけ気づくことができた異変だろう。
(マギアか!)
絢音は近年最大の発明であり、そして社会問題ともなっている携帯端末用アプリケーションの名前を頭に浮かべた。
電脳魔法。
かつて才能ある一部のものしか扱えなかった魔法を端末操作一つで再現することを可能にした科学の叡智である。
それを使い人族の男は魔法を発動させようとしているのだ。男の端末の前にバスケットボールほどもある火の玉が生み出される。
火弾だ。
本来ならば一般に出回らない、危険な攻撃魔法を再現する違法アプリを男は携帯にダウンロードしていたらしい。
「危ない、豪姫!」
絢音の叫びで豪姫は人族の男のほうを見た。火球が発現していることにも気がついたろう。なのに彼女は火球へと向かい突進を始める。
(どうして!?)
絢音は意味がわからず困惑した。しかし、火球が向かう方向を見て豪姫の行動の意味に思い至る。
(あたしだ……)
もし、豪姫が避けれ火球はその直線上に並ぶ絢音を直撃するだろう。そうなるよう人族の男は移動しアプリを起動させた。それに気づいたからこそ豪姫は火球に立ち向かったのだ。絢音を守るために。
(そ、そんなこと……)
絢音は歯噛みする。なぜ、あの子は見ず知らずの自分の為に我が身を犠牲にすることができるのか?そう思うと胸が締め付けられ、叫びだしたいような衝動にかられた。
「そんなのダメ!避けて!」
絢音は必死に呼びかけた。自分が傷つくことより、豪姫が傷つくことの方がよほど耐えらないと思ったのだ。
携帯端末で再現できる程度の火球である。熟練者が放つ魔法に比べれば威力はずっと低い。だが、それでもひとの命を奪うべく編み出された魔法である。まともに食らえばタダでは済まない。
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