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人族の男が携帯をタップする。火球が放たれ、真っ直ぐ豪姫へ向かい飛んでいく。しかし、豪姫は怯まず逃げない。迫り来る業火を真っ直ぐ睨みつける。
「こんな火の玉くらいッ!」豪姫が右の拳を振りあげた。「わたしが止めてみせるッッ!!」
まさか!っと絢音が思うや豪姫は拳を火球に思いっきり叩きこんでいた。
出鱈目な行為だ。攻撃魔法は物体と衝突した瞬間に効力を発揮する。火弾なら爆発し辺りに火の粉を撒き散らす。
はずだった。
だが、しかし!
火弾は弾けることなく、形を保ったままギリギリと豪姫の拳と力押しを始めた。
信じられない光景だった。
「だぁああああああ!!き、気合いだぁああああッッ!!!」
額に青筋を浮かべた豪姫が最後そう叫ぶとついに火球を押し返した。
弾き返された火弾はちょうど人族の男の前のアスファルトに叩きつけられ炸裂する。
「う、うわぁああ!?」
飛び散った火の粉が人族の前髪やシュプリームのイミテーションTシャツを焦がした。あまりの出来事に人族の男はアスファルトの上にペタンを尻餅をつくと戦意を喪失したように惚けた。
「まったく」呟き豪姫がジロリとオーガを睨む。「随分と姑息なことしてくれるじゃない?わたしだけ狙うならまだしも絢音さんまで巻き込もうなんてさ。あんたらにプライドってものはないの!」
「う、うるせぇ!どんな手を使おうと勝ち続けることが俺らのプライドなんだよ!」
みっともない理屈を喚くオーガを見て豪姫の瞳がスッと細くなる。
「そう、わかった。だったら、悪いけど徹底的にあんたらのプライド潰してあげる……殴り合いで決着をつけよう。あんたも拳で語る喧嘩師なら受けるよね?さぁ、わたしは避けないから思いっきり打ってきなよ!」
そう言って豪姫は左腕を突き出しクイクイと手招きする。
「じょ、上等だぁ。ぶっ殺してやる!」
挑発に乗ったオーガがのそり豪姫の前に立つ。その身長差は60センチ近い。まるで大人と幼児のようであるが豪姫は臆した様子もなく強気な瞳でオーガを睨みつける。
「や、やめて豪姫!」
絢音が叫ぶのとゾッとするような風切り音をさせながらオーガの拳が豪姫に向けて振り下ろされたのはほぼ同時であった。
ドッッッッッ!
重い音が辺りに響いた。宣言通り豪姫はオーガの攻撃を避けず、拳をまともに顔面に食らう。
並みのものなら数メートルは吹き飛ばされたであろう一撃を豪姫は一歩も退がることなく受け止めた。どころかニヤリ口元に笑みを浮かべる余裕さえあった。
「これでお終い?だったら次はわたしの番だね」
「ぐぅぅ……」
凄みのある豪姫の笑みにオーガは悲鳴のような声を漏らした。しかし、それでも彼が逃げ出さなかったのは喧嘩師の意地か、あるいは恐怖で身がすくんでしまったせいなのか。そのどちらであったか定かでない。
いずれにせよ。
豪姫の左の拳が振り上げられる。不恰好な、素人丸出しの、だがとてつもない威力を誇るあの拳が。
「こ、来いやぁあああッッッッッ!」
オーガが吠える。
「おぉぉおおおおおッッッッッ!」
それに応えるように豪姫もまた吠えた。
彼女の履くadidasのスニーカーが強くアスファルトを踏み締める。そして上半身を捻り、全身の力を振り絞るようにして拳を放つ。
ドゴォッッッッッッッッッッ!!!!
地が揺れたかのような轟音轟く!!豪姫の拳はオーガの右脇腹に深々と突き刺さっていた。
フワリ。
瞬間、身長2メートル数十センチ、体重150以上はあろうかというオーガの巨体が左手一本の力で浮かぶのを絢音は確かに目撃した。
「ゴブゥッッ!!?」
呻きの声を漏らすとオーガの大男はズゥゥンと巨木が倒れるような音を立てアスファルトへと沈み、ピクリとも動かなくなった。
「わたしの勝ち、だね」
それを見下ろし豪姫は宣言する。すると辺りをワァッッという歓声が包んだ。
驚いた豪姫が辺りを見ると、いつのまに集まったのかぐるり周りを多くのギャラリーが取り囲んでいた。
「ど、どうもぉ」
予定だにしない状況に戸惑いながらも豪姫は引きつった笑みを浮かべ周りに手を振る。
「ちょ、ちょっと豪姫!」
するとギャラリーの中から絢音が飛び出してきて豪姫へ近寄ってきた。
「あ、絢音さん。いやー、今日は災難だったね。でも、もう大丈夫だよ。悪いヤツらはやっつけたから」
「いや、そうじゃなくて!豪姫。あんた、ちょっと右手見せなさいよ!」
そう言って絢音が無理矢理豪姫の右手を確認しようとしたとき。
「おい、姉ちゃんたちボサボサしてっと警察が来るぜ」
人だかりの中からひょっこり見知らぬリリパットの中年男が現れ言った。たしかにここまでの騒ぎとなれば警察がやってきても不思議でない。
言われてみればサイレンの音が聞こえるような気がして絢音は豪姫を見る。
「行こう、絢音さん。面倒ごとはごめんだからね」
豪姫の決断は早かった。そう言うや絢音の手を取り駆け出していた。
「スカッとしたぜ、嬢ちゃん。いいもの見せて貰ったよ。安心しな、この街の連中は薄情だけど、存外口は硬いんだ。見るし、聞くけど、言わ猿だけは守るってのがこの街で生きるヤツらの誇りさね」
リリパットの中年男の声を背中で聞きながら二人はひとで溢れかえる街を走り抜けていった。
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