最強の喧嘩師

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豪姫に手を引かれるまま走り、たどり着いたのは街の小さな公園であった。 もっとも公園といってもブランコとベンチが一つづつあるだけのうら寂しい場所で空き地といった方が近い印象ではあるが。 「お疲れ、絢音さん」 近くの自販機でミネラルウォータを二本買い込んだ豪姫が言いながら、そのうちの一本を絢音に渡してくれた。 「さんきゅ……」 ベンチに腰をかけた絢音は礼を言ってペットボトルを受け取る。最近運動不足気味であったのに元気娘に手を引かれ走り回ったせいだろう。全身はグッタリと疲れ、しばらく立ち上がりたくはなかった。 「いやー、本当災難だったね。殴られたところはもう痛まない?」 言われて絢音は思い出す。手で男に殴られたあたりを触ってみるが特に()れた様子はない。幸いにも軽傷で済んだようだ。 その(むね)を豪姫に伝えると「そっか、なら良かった」と言ってカラカラ笑った。やけに人好きする豪姫の笑顔を見ていると、ひどい目にあった直後だと言うのに釣られて絢音は笑ってしまった。 「うん、ありがとうね、豪姫。助かったよ」 「別にこれくらいどってことないよ。困ったときはお互いさまってね」 そう言って豪姫はウィンクしてみせた。芝居かかった仕草であるが、カラリとした雰囲気の豪姫がやってみせると不思議と嫌味な感じはなかった。 「じゃ、わたし行くね。あんまり遅くなるとお父さんとお母さんが心配するからさ」 「うん、バイバイ、豪姫」 それで互いに手を振り別れようとした瞬間である。 「あーーーっっ!!!」 絢音は口に手を当て素っ頓狂(すっとんきょう) な声を上げた。その声に驚いたのか豪姫は瞳をパチクリさせる。 「ど、どうしたの、絢音さん!?」 「バイバイじゃないよ!忘れるところだった!!ちょっと豪姫、あんた手を見せなさい」 「あ、いや、別に……」 絢音の勢いに押され豪姫はしどろもどろになる。その隙をついて絢音は強引に豪姫の右手を掴み状態を確認すると。 「……やっぱり、ひどい火傷(やけど)しているじゃない」 「あー、火弾(イグニス)を素手で弾くってのはちょっと無茶だったかなぁ。あは、あははは……」 笑って誤魔化そうとするがジロリ怖い目で絢音に(にら)まれると豪姫はシュンっとなって「ごめんさい」と謝った。 その素直すぎる様子に絢音の胸はキュンっと高鳴り、母性本能を刺激された気がした。 「べ、べ、べ、別に怒ってるわけじゃないのよ?むしろ助けて貰ったのはあたしの方なんだし。ただ、怪我してるならちゃんと言って欲しかったなって」 両の手をわちゃわちゃ動かしながら慌ててそう言う。 「あーー、まぁ、大した怪我じゃないし大丈夫かなって思ったんだよぉ」 「大したことないって」呆れたように絢音は言った。「そんなわけないじゃない。ひどい火傷だよ。皮だってベロベロになってるし。傷が跡になったらどうするの?」 「うぅぅ、跡が残るかな?絢音さん、なにかいい薬知らない?」 「心配しないで、あたしこれでも魔法医療の資格持ってるんだから。すぐに治してあげる」 気持ち豊かな胸を張って自慢げに絢音は言った。エルフは種族的特徴として魔法を得手(えて)としている。それでもきちんとした医療資格を有しているものとなると稀だ。彼女が自慢したくなるのも当然だろう。 しかし。 「あー、実はわたし魔法の効果を受け付けない体質なんだよね。だから、治療魔法かけて貰っても効果が薄いって言うか……」 「……だから、火弾(イグニス)が豪姫の手に当たっても爆発しなかったんだ」 なるほどと絢音は得心した。たしかにそんな体質では治療魔法をかけても効果は期待できないだろう。 「でも、でも、わたし怪我の治りは早いからさ。これくらいすぐ治るよ」 豪姫はニヘラと笑う。そのお気楽な笑顔と彼女の色々常識から逸脱(いつだつ)した体質から考えれば本当に治癒力も高いのではないかと絢音には思えた。 が、それはそれである。 「そうじゃないでしょ!自然治癒に任せてたら跡が残るからダメって言ってるの!」 「は、ハイ!」 吠えるように言った絢音の迫力に豪姫の背筋がピンと伸びる。 「でも、豪姫の体質じゃ普通に治癒魔法をかけても効果ないしなぁ」と言って絢音はしばし考え。「……なら、あの方法を試してみるしかないかな」と呟いた。 「あの方法って?」 不思議そうに小首を傾げる豪姫に絢音は不敵な笑みを浮かべながら答える。 「体内に直接マナを流し込む!」
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