もやもや

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もやもや

 それは、たまたまだった。  仲の良い友人もいることはいるけど、ゲームをやっている人はいない。カラオケやボウリングに行ったり誰かの家でひたすらお喋りしたりというお決まりの集い以外は、自室でひとり遊びが私の休日の過ごし方だ。  そんな土曜の夜、入浴も済ませてそろそろ戦場に飛び込みましょうかね~とデスクトップパソコンを立ち上げて、なんとはなしに動画サイトのライブ配信に目をやったときのこと。  ――あれ? このアバター。  画面端に小さく立ち上げていたそのアプリを全画面にして確認する。  パラシュートを切り離して危なげなく廃屋の屋上に降りた黒いコートの人影が、まずは初手でアサルトライフルを拾い弾込めし、近くに着地した男性キャラに駆け寄りながら連射する。  画面左端にキルログが流れ、右端に表示されたチャット欄では視聴者が大盛り上がりだ。 『さすイア!』『ナイスー』『拍手の絵文字連打』などなど。  その間にも黒ずくめの男性キャラは道々防弾ベストや軍用ヘルメットなどで身を固め、武器と回復薬も充実させては出会った敵を屠り続ける。  降りた場所が軍用の設備だっただけあり、得られる装備品も最上レベルの物が多い。その分敵も多いので、その中を勝ち抜いていった者はキル数が二桁に乗るのもよくあるケースだ。  私は食い入るようにそのアバターを見つめ、状況が落ち着いてからようやく名前を確認した。  【Inspire】間違いなく、小西センセイのIDだ。 「ふうん……配信なんてしてたんだ……」  なんとなくモヤモヤする。  公務員だからそういうことはしないんだと思ってた。ていうか、していいのかな? 収入にならなきゃいいのかな? でも家業の手伝いとか田畑とかはいいって聞くし、投げ銭はもらってもいいのかなぁ。   『Inspireさんマジ神エイム』『おせおせー』『これはゾーンに入ってる回』  チャット欄は賑わっているけど、本人はいたって静かなものだ。  たまに「いた」とか囁く声は入るけど、まだ気が抜けないのか会話に興じるという雰囲気ではない。  ようやく生き残りが一桁になり、建物の屋上で周辺の索敵をしながら、少しずつ質問に応えることにしたようだ。 『Inspireさんは長いからイアさんでいいの?』『予測変換あるからいいじゃん』『いやなんかこう愛称的な』『ほかに区切るとこないもんねー』 「別に好きに呼べばいいよ。わかればそれで」 『けど名前なんだからこだわりとかあるでしょう』 「まあなんとなく格好いいから使ってるだけだし。確かにそういう意味ならそのままInspireって呼んでくれた方が嬉しいな」 『長ゼリフ貴重!』『保存した!』『みんな、〈い〉で辞書登録しろ』  沸き立つ視聴者のチャットにクスクス笑う声がまた私の胸を掴んで息苦しくさせる。 「あー……なんでこう性癖に刺さる声してるかな!」  勿論チャット欄でも『イケボ!』『抱いて(男だけど)はーと』『Inspire氏になら掘られたい』などとログが流れていく。大人気だ。  ――知らなかったなあ……。  マウスを動かし、そのチャンネルの履歴を確認する。全てライブ配信のみで、録画はしていないみたい。 「ふうん……」  ――なぁんかなー。なんかなー?  もう一度ライブに戻ると、今度は視聴者のリクエストで野良スクアッドに出るようだ。  私はそのままアプリを閉じて、ゲームを立ち上げる操作だけして椅子から降りた。 「このままではいかーん!」  グッと拳を握ると、部屋の真ん中で軽く前後に足を開いて、仮想敵相手にシャドウボクシングらしきものをする。正式に習ったわけじゃないけど、フックとストレートとジャブとまじえて、トドメのアッパーカット!  「うらっ!」  よし、ダウンとった。  というわけで、今度は床に俯せて両肘と足先で身体を支えてクランチ。顔を前方に向けてはおへそを見るのを繰り返し、背筋と腹筋の限界を迎えたら床にぺしゃんと潰れて休憩。  ――ふう。よし、落ち着いた……!  ゆっくり立ちあがって深呼吸してから、素晴らしい座り心地のチェアに戻ってヘッドセットを装着する。  迷彩服上下に同柄のケープを装備した我がアバターで、戦地に突入だ。  ――置いて行かれないようにしなきゃ。  私は、センセイに比べて咄嗟の判断力がない。索敵から漏れた敵に近接されると、テンパってエイムがズタボロなんだよね。  まずは落ち着いて冷静に捌けるようにならないと。
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