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風景描写
あー……ツイてねぇなー……。早寝したのに、寝坊するなんて。
「おっちゃーん。自転車、直る?」
「こりゃダメだな。完全にパンクしてやがる」
「そうっスか。じゃあ歩いて行くんで、学校終わりに取りに来ます」
「おう。サボんじゃねーぞぉ」
へいへい、と軽く挨拶をして足取りを憂鬱へと向かわせる。
星占いが「乙女座のあなたは一日不運続きでしょう。ラッキーアイテムは青色の自転車。意中の異性と急接近の大チャンス?!」なんて都合よく教えてくれるもんだから自転車にしたのに。結局のところ、当たったのは「ラッキー」じゃなくて「不運」の方だった。
早足をすればギリギリ間に合うが、そんな気分じゃないので、ゆっくりと道を歩く事にする。いつからかは忘れてしまったけど、家から学校までの三十分間を歩くなんて久しぶりだった。
「あれ? クリーニング屋になってる。前は花屋だったのに……」
いつもは風を切るスピードで通り過ぎて行くので、花はよく見えなかったが、秋になれば金木犀の香りがして心地よかった。
目の前を横切る白い猫。子供達の遊ぶ声。忘れ去られた本屋。見慣れた風景の中の見慣れぬ風景。足跡を刻む音。寂れた公園で時間を刻む針。僕の一秒を刻む町。一つ一つが不変的だと思っていたのは気のせいだったらしい。そう思った。刹那、
「と、止まれぇぇぇぇぇッ!!」
「…………え?」
振り向くと青い物体が猛スピードで僕に近づいてくる。ギコギコギコギコ錆付いた車輪を回しながら。そして……、
ガシャァン……と。
勢いよく彼女にぶつかった。そりゃ、もう『火花が飛び散る』という以外どのように表現するのかってくらいに。でもちらほらとカスリ傷がある程度なところを見ると、そんなにスピードも出てないし、そんなに激しく衝突していなかったのかも知れない。
「お前……なんで学校近いのにチャリ通なんだよ」
仰向けになりながら、太陽反射により顔が見えない彼女を睨む。
「え、だって私、乙女座じゃない?」
言って、僕に左手を差し伸べた。
「あー…なるほどな。乙女座ねぇ」
全く。ツイてない。……あ、でも彼女に会えたからラッキーなのか? 比喩としては正月と盆が一緒にきた……とは、ちょっと違うか。僕はゆっくりと彼女の左手を引いて身体を起こした。
「ほら、早くしないと数学のテストに間に合わないよ!」
「あれ、今日だっけ? テスト」
「うん、そだよ。先生が言ってたじゃん」
「やっべ。何もしてねーわ……」
再び、ごろんと仰向けになって空を眺める。こんなにも綺麗なのにな、空。まぁ、たまにこんなのもアリかなと思えた。
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