フォー・サイド<1>

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フォー・サイド<1>

     プロローグ 二月一日  世界は混沌に満ちている。  空き缶を放り投げればエコを謳う企業が苦い顔をして、  心と身体を売れば汚いオッサン達の欲望群が流れ出す。  午後十時の公園。  軋んだブランコ。  僕は小さい砂城の王。  鉄棒に手を掛けて、  くるり、と世界を一回転。  …………あ。  星が綺麗に落ちそうな気がした。      二週間前 二月二日 「こうして、この街は平和になりました」  夢を見た。  二年後、中学二年生になった僕が世界を救う夢。  地域再開発により、住民達から溢れる欺瞞・傲慢・あんまん・肉まん。混沌に満ちた世界に現れた巨大なくま型ロボット。その他諸々な敵さん達。僕はハチミツの大洪水(大洪ハチミツ)を引き起こし、くま型ロボットを海へ沈め、世界は甘い甘い日常へと形を変えていった。 「まー、なんて素敵な夢なのかしらー」  教室の隅っこで春色の髪をした女の子が棒読みる。  昔から『変な形をした小石集め』や『どれだけ人に不快感を与える音が出せるかごっこ』が趣味の奇特(良く言えば独創性豊か)な娘さんだけど、夢のある話になると酷く冷めて、興味が遥か彼方に飛ばされる。 「全校生徒八人じゃ、恋なんてフィクションだし、夢だけでも見させてくださいな」 「うい!」 「んで、今日も始めるの? 対悪の組織用秘密基地作り」 「うい!」  ういうい。  僕にはこっちの方が『夢のある話』だと思うけどね。  最初は学校のグラウンドを掘っていたけど、タイムカプセルがあったため、僕と彼女の仏様のような優しさ(は言い過ぎだけど)でそっとしておくことにした。  二週間後。この街は地域再開発される。正確にはお偉いさん達が頭を悩ます日。計画を実行するか中止にするか、という事で。  病院・マンション・学校・店舗・映画館・テーマパーク。全てが一体化された鉄筋コンクリート造の集合住宅群を作るという夢物語が計画されていた。  色々な問題はあったものの、再開発される方向が強まっているらしい。 「じゃあ、夜の九時。いつもの公園でね!」 「りょーかい」      *        *  世界は混沌に満ちている。  迷い猫は探さなければ迷ったまんまだし、  クリスマスには幸福というわけでもない。  午後九時の公園。  スコップを手に取って、  さくり、と下の世界が近くなる。  始まりは昨日。回覧板にて地域再開発が知らされた時だった。  別に計画自体に反対はしてないし、僕の大事(……でもないけど)な学び舎が取り壊されるのも気にはならなかった。問題なのは。僕にとっての大事なことは―― 「いみわきゃんにゃい」  回覧板を眺めながら女の子は頭に疑問符を浮かべる。  その女の子にとって、学校は学び舎以上の意味を持つ。  逃げ道。  城塞。  つまりは、虐待、家庭内何とかと、誰かが呼んだ。 「一ヵ月後に結論が出るんだって。九割方決まったもんだけど」 「…………う」  う? うい? 「う……ら、めしい」 「うらめしい?」 「うらめしいッ!」  飯屋は商店街の裏を右に曲がった場所にありますよ……なんて。 「な、なにが?」 「学校を潰そうとする悪の組織が!」 「悪の組織って……」 「れぇ……ほれぇ……」 「ほれぇー?」 「この世界は混沌に満ちている! 掘れぇ! 秘密基地を作れぇッ!」 「…………あ」  女の子の中で何かが弾けた。      *        * 「よだれもおいしそう……じゅるりぃ」 「……何やってんの?」  いつの間にかベンチで眠っていた僕の上で女の子が四つん這いになっていた。 「んー……夜這い?」  いつから僕達は低年齢カップルになったんだろね。 「どこまで掘った?」 「ミミズさんがこんにちはしたところまで」 「え、二月なのに?」  女の子は「はい」と掘ったものを突き出した。 「……これ、小指?」「……なの?」  いや、押問答(使い方は合ってるか分からないけど)ですがな。  大方、どっかの狂った殺人犯が公園に死体を埋めたんだろう。そんなの日常茶飯事だし、知らない人の小指を対象に嘆くほどの人間味は持ち合わせていない。だから、見て見ないふり。見てない見てない見てない見てない見てない。さてと、 「マントルまで引ん剥いてやろう」  あ、ちなみに『マントル』というのは地球の地殻と核とn「穴を見ると人を埋めたい衝動がわたしを誘拐するの!」つまり『マントル』は……まぁ、いっか。 「誰かを埋めたいの?」 「んぅ……お母さんとか」 「……あー」  これからの日常生活も一緒に埋める気ですか。  なんて、たぶん他愛もない会話を座布団のように重ねつつ、冷たい土を掘った。  掘って、掘って、指を切って、掘って、土が爪の中にお邪魔した。  でも、彼女は気付いているのかな?  こんな事をしたって、何も変わらない事。  地域再開発を前に僕達の力は、三六五日分の一秒にも及ばない事。  悪の組織を倒すために、あーでもない、こーでもないと、幼稚なおつむでなんやかんやと複雑に攻略方法を考えているけど、違う。その頭への労力には誉め倒す。でもさ、世界はもっと単純なんだって。彼女が思ってる一×百倍は単純で、答えはいつだって明快で、つまりは、混沌の大洪水(大混沌水)に流されるままにって事。  二週間後。きっと小学校は取り壊される。その時彼女はどんな顔で、どんな気持ちで、どんな目覚めなんだろね? そして僕は、大事なモノを奪われた君を見て、どんな顔で、どんな気持ちで、どんな目覚めなんだろね?  それでも僕は、好きな人の心が壊されないよう、空想科学に付き合った。 「僕達は世界を救おうとしてるんだ」 「うい」 「悪の組織を懲らしめるんだ」 「うい」  ういうい。  この街が二週間後にどうなるかは分からない。生物や植物が絶えず変化を繰り返すように、街も絶えず変化を繰り返す。巨大なくま型ロボットと、その他諸々な敵さん達から彼女を守るためなら、混沌に満ちた世界もいいのかなと考えていた。      *        *  世界は混沌に満ちている。  猟奇的殺人は鮮やかでないと映えないし、  小さい女の子には危険と誘惑が多すぎる。  午後十時の公園。  手作りの望遠鏡。  秒を刻んだ時計。  彼女の手を取って、  とくん、と心が波打った。 「私の手……汚いよ?」 「いや、僕も同じだし」 「……うい」  二月の風はどこか冷たくて、  二人じゃなきゃ凍死(主に心が)するとこだった。  …………あ。  遠くの空で小さな光が揺らめいた。
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