フォー・サイド<2>

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フォー・サイド<2>

 一週間と六日前 二月三日  一曲目。  好いた惚れたを繰り返すJ―POP。  十曲目。  大したローリング感のないロック  三十曲目。  童心に戻れるアニメソング。  五十曲目。  ココロハズムテクノポップ゚  不安がフルボリュームでつんざいた。      *        * 「あー……明日再試―……」 「つか、私達に謝りなさいよー」と友人A  五十一曲目。ヘビィなメタルが鳴り響いて、私の美声がこだました……けど、早朝でも人はいたわけで、友達は心臓が休暇しそうだったわけで、スピーカーも胡椒少々もとい少々故障したわけで、つまり、お店から追い出されたわけで……。 「うぅ……めんそーれ」 「めんごじゃねぇ?! つか古い」 「もう家に帰って寝ますかぁ?」と、友人B。  二月の空は寒い。そりゃもう、これでもかってくらいにやる気が起きませんよ。別に三月でも四月でもやる気ねーだろとか言われたら困るっスけど。大学一年生にも色々あるわけですよ。色々って何だよとか言われたら困りに困るっスけど。 「あ、光った」  遠くの空で小さな光が揺らめいた気がした。 「……帰ろ」 「あいあーい」「あいあーい」      *        *  携帯が鳴った。  世界は混沌に満ちている。  一週間前。地域再開発の話が街中に広がり始めた頃、『我が街を破壊しようとする悪の組織に制裁を』と謳うチェーンメールも広まり、狂った宗教団体が街を徘徊し始めた。それはチェーンメールだけに留まらず、デモさえも開始した。  最初は地域への地道なビラ配りから始まり、お偉いさんへの脅迫文→リダイアル攻撃→ローカル番組への出演による訴え→拡声器デモへと、某RPGのラスボスもびっくりな多段変形を遂げる。  白み切れてない街に、「悪の組織は我々の楽園を奪おうとしていますッ! 今こそ住民の方々が一致団結する時ですッ! さぁ、我々『正義の使者』と一緒に戦いましょうッ!」と、拡張された正義の使者(とか言っちゃってる奴)の声が響く。  全く、どいつもこいつもフランス人も、ひよこのオスとメスを見分けるくらい意味のない事が好きらしい。でも、私はそんな非日常が大好物だよ。  てろりろりん、と二度目の着信音が鳴った。 「……ぅ、もっと、寝かせ……て、くりゃ……れ」  てろりろりん、てろりろりん、  てろりろりん、てろりろりん、  てろりろりんりんり~ん。 「――てろてろうっさいッ!」「――もしもしッ!」 「ん、あれ……どしたん?」  いつも元気な友達の声が震えていた。 「…………見つけちゃった」 「……迷い猫?」 「…………右足」 「………………………………………………………………………………うん?」      *        * 「つまり、家に帰ろうとしたらゴミ捨て場に『これ』があった、と」  友人Bが無言でコクコクと頷く。 「これって、あれだよな? つまりバラバラ殺人ってやつだよな?」  コクコク。 「右足だけ家出とか?」  コクコク。 「この現場を誰かに見られたらマズいよな?」  コクコク。  コクコクコクコク早く告れッ! 「でもさー……楽しそう。うへへ」 「な に が?」 「殺人犯探し」 「迷い猫でも探してろいッ!」  友人Aが私の頭を空手割りする 「うぇ。でもさ、バラバラ殺人なんて滅多にないよ」 「あったら困る」 「じゃあ一人で探す」  友人Aは「おう。一人で勝手にやってろ」と言って、スタコラのスーと去る。 「じゃ、じゃあ、ね?」  友人Bがうにゃうにゃ足取りを重くして帰った。 「さてと、」  不謹慎な事をしますか。  右足を手に取って、それをまじまじと眺める。うー……ん。この滑らかなフォルム。カモシカのような足。スベスベな肌。これは足フェチの人でも興奮することはできないな、と思いながら頬に摺り寄せてみる。はたから見たらザ☆変態ですよ。 「何をしてるのかね?」 「うぉぉぉあいッ!」  見られた! 見りゃれりゃ! 六十歳くらいでオール白髪でとても優しそうなおじいさんに見られんにゃ! 「こ、ここここここここ、これれはれこはこここここここ」  実は私、ニワトリの生まれ変わりなんです。こけこっこ 「……右足」「……です」 「私じゃ……ないっス」 「だろうな」 「……え?」  おじいさんは右足を手に取り、地面へ座る。 「君の眼はバラバラになったパーツを見た快感ではなく、非日常への憧れだ」 「……あい?」  …………あ。そういう事か。 「君はこの街が好きかい?」 「えぇ、とっても。平凡な日常過ぎて退屈でしたけどね」  平凡すぎて、何もなくて、毎日同じような日々に退屈していた。  今日は昨日の繰り返し。  明日は今日の繰り返し。  そんな日常の中でただのんびりと過ごすのが嫌になったから、バラバラ殺人に興味を持った。不謹慎だけど。だから、『正義の使者』とやらが起こすアンチ行為にもどこかワクワクしてしまう。……いや、デモはどうかと思うけどね? 「四十年前。この街に同じようなことが起きた」 「地域再開発ですか?」 「……とは、ちょっと違うかな」  おじいさんは遠くを見つめ、懐かしそうな顔をする。 「でも、ひとつの出来事に対して『協力する者』・『抵抗する者』・『傍観する者』……沢山の人間がおった。今回もまた、予想だにしなかった結果になりそうだ」 「なんか……嬉しそう」  ただ、手に持った右足が雰囲気を反転させてしまうけど。 「一週間と六日後。この街はどうなるだろうね?」 「んぅ……楽しけりゃ良いと思いますぜ? 旦那」 「はは、違いない」  あ、でも小学校が取り壊されるのはちょっと寂しいかな? タイムカプセルも埋めてあるし。誰かに掘り返されてなきゃいいな。 「バラバラ殺人の犯人は警察が捕まえる。君は今しかできない事をしなさい」 「今しかできない事……あ、あー……テスト勉強しなきゃー……」  先生、『この街の変化と歴史について』のレポートじゃダメっスか?  こんな非日常があと一週間と六日続くなら、混沌に満ちた世界も楽しめるかも。  気が付くとおじいさんの姿は見当たらなかった。
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