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リンゴの木
一歳年上の彼女は、写真を撮られるのが嫌な人だった。その為アルバムには二人で写っている写真が極端に少ない。二人が端と端にいる写真の真ん中を折り曲げて、二人の距離を縮めてみたりした。
「僕はいつからあなたを好きになったんでしょうね? ニュートンだって『リンゴが落ちる瞬間により万有引力を発見できたけど、恋に落ちる瞬間は発見できませんでした』と、嘆いてますよ?」
言って、アルバムのページを捲る。
「ニュートンはそんな可愛い事なんて言いません。気付いたらそうだった。恋なんていつだってそういうもんでしょ?」
と、再びアルバムのページを捲る。
「じゃあ写真に写りたがらない理由は?」
「んー……なんて言うの? ほら、写真じゃこんなにお互いがくっついてる写真があるのに、別れた時に距離が離れてから見返すのって辛いじゃない。それこそ万有引力みたいで」
「なんか、別れるみたいな言い方なんですけど?」
「例えばの話でしょ。写真より頭の中の思い出を大事にしなさい」
「でも、……ん」
僕は開きかけた口を閉じて、言いかけた言葉の恥ずかしさに気付く。言えるわけがないと思いつつ、僕は心の中で呟いた。
覚えられるくらいの少ない思い出にするつもりはありませんと。
忘れるくらい沢山の思い出を作り、写真を見ながら思い出す。それはそれで幸せな事だと考えた。
「もしも明日、世界が滅びるのだとしても、今日わたしは林檎の木を植えるだろう」
「……どういう意味ですか?」
先輩が急に難しい事を言い出した。
「ん、分からない。さっき林檎の話してたから」
「……そうですか」
まぁ、でも、
「本物は写真の数倍可愛いですけどねー」
「え、何か言った?」
「……なんでもないっス」
そんな事を言っときながら、さっきこっそり撮った笑顔の写真は、アルバムごと大事な宝物になることは目に見えていた。
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