終末思想

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 これから向かうであろう場所には予測が付いていた。正確には付き始めた。マネキンだけの洋服店。活気のない大型電気店。寂れた商店街を抜けて、少しずつ彼女の歩く速度が早くなる。数メートル先の突き当たりを右に曲がれば、見えてくるだろう。  彼女が立ち止まる。  僕も立ち止まる。  僕の家の前だった。 「…………あ」  死体があった。 「なん、……で?」此処にあるの? 彼女が知ってるの? やっぱり、この世界は、彼女の……、 「私が死んだのはクレープ屋の前だった」 「……うん」 「だからクレープ屋の前に死体があった」  …………。 「あなたは私を置いて、家まで逃げたんだよ」  ……。……。……「あ」そうだ。そうだよ。思い出した。死んだんだ、僕達。僕は彼女と一緒にクレープ屋まで行って、そして、曲がり角を曲がろうとした時にトラックが勢いよく彼女の元へぶつかった。その時僕は……僕は? 怖くなって、逃げたんだ。彼女の見てられない哀れな姿に、怯えたんだ。勢いよく逃げていたら、家の近くで車に、轢かれた。 「別にいいよ、そういう人だと思ってたから」  彼女が目を細めて僕を見る。見てはいるけど、意識は僕の方になんて微塵もなくて、軽蔑し切っている目だという事が解かった。  だって、その目は僕が彼女を見る時と同じ目だったから。  また。また、罪悪感に駆られてこの場から逃げ出したくなる。  彼女のいない、遠くの遠く。世界の果てまで。世界の終末まで。 「…………ッ!」  息が苦しくなった。  動悸が激しくなって、その場で倒れこむ。  ぐるぐるぐるぐる。  あのさ、  あのさぁ、  蔑んだ目で見んの止めてくんない?  僕も醜いけど、君も大概に醜いよ。  ずっと。ずっとずっとずっとずっと。僕は歪んだ君に合わせてきたんだ。間違った事も絶対的に正しいと思い込む君に。たまには、壊れさせろ。狂わせろ。正常だけじゃ生き辛いんだよ。  これが、僕の二面性だった。或いは、二面以上性。多面異常性。ゆっくり立ち上がって、彼女の首を呪うように絞めつ「この世界の種明かし。聞きたい?」け……るの、を「……うん」止めた。  首から両手を離して、僕は「ごめん」と言った。  どくん。とくん。どくん。とくん。脈打った。  僕は、もう一度「ごめん」と言った。 「きっと此処は死後の世界。そして、天国でも地獄でもない世界」 「じゃあ……何処なの?」  自分を落ち着かせる為に、彼女の仮定を聞く。 「名前を付けるなら……『生まれ変わりの世界』」 「『生まれ変わりの世界』?」 「そう。人が死んで、また違う『何か』に生まれ変わる。この世界で生まれ変わりたい『何か』を望み、生まれ変わる段階の世界」 「望んだらそれになれるって言うの?」 「だから、仮定なんだって。それも虚言レベルのね」  虚言レベル。  ほんとだよ。僕が死んで、彼女が死んで、状況を理解出来なくて錯乱している様子もなくて、『生まれ変わりの世界』。そんな事を考えられるなんて。さすが終末思想の持ち主だ。 「あなたはまだこの世界から抜け出したいと思ってるでしょ?」 「思ってるよ。こんな世界にいたら君が不幸になる」 「……あなたはきっと、生まれ変わったら獏になると思う」  その声色と鋭い眼光は、思うじゃなくて、絶対に、の顔だった。 「どうして?」 「獏は悪い夢を見せる。私はこの世界にいてとても幸せ。なのにあなたは元の世界に引き戻して、私を不幸にしようとするじゃない。外から見て不幸でも、中は幸福かもしれない。外から見て幸福でも、中は不幸かもしれない。あなたの勝手なイメージで縛らないで」  と。…………は?  そうだよ。僕は彼女の事を不幸だと思ってるよ。不幸だと思っていながらも大学の入学式でいきなり告白してきて学内の全方位に悪意を撒き散らして病院に通っていて死んじゃえとか世界なんか壊れちゃえとか幼稚で当然のように毎日考えてだけどだからこそ僕は彼女に幸福になって貰いたいから彼女の為に生きてきたのに、  なのに、  彼女は、 『私を不幸にしようとするじゃない』?  言っている意味が解からなかった。  僕が、彼女を、不幸にしようとしている?  普通なら。普通の思想なら。普通の女の子なら。そんなズレた事は考えないよ。でも彼女は、異常だから。異常な思想だから。異常な女の子だから。そんな狂った事を考えるんだね。だから、  想いにすらなれない感情は、  言葉にさえなれるはずがなかった。  それでも、僕はむりやりにでも口を開いた。 「君は……普通な女の子に生まれ変わればいいと思うよ」 「……私も、そう思う」  僕の時と同じく。思うじゃなくて、絶対に、の顔だった。  あー、そう。分かったよ。  行けばいいんだろ?  何処でも、何処までも。  一人でさ。独りでさ。 「まだ何処かに人がいるかも知れない。僕は捜しに行くよ。此処が『生まれ変わり』の世界なんて信じない。僕達が死んだなんて信じない必ず元の世界に戻る手掛かりを見つけるよ。君はどうする?」 「…………行かない」 「そう。進展があったら知らせるよ」 「…………」 「そろそろ行くから」 「…………」 「じゃあね」 「…………」  最後まで彼女は口を開かないまま、僕は背を向けて歩き出した。  別に、いいけどさ。  だから、僕は行くけど、  終末を愛せたら君に会いに行くよ。  その代わり元の世界に戻って、  週末になったら僕に会いに来てよ。 「……あなたはずっと、間違えたまま生きていくんだね」 「え?」  振り返ると夕陽が眩しかった。  君の姿が見えなかった。真っ黒だった。
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