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目が覚めたら私が隣にいた。
辺りを見回すと炎上しているトラックが目に入った。瞬間、理解した。私、死んじゃったんだなって。此処は死後の世界なんだなって。彼と前々から話していたクレープ屋に行く途中、遠くの方から電話をしながらトラックを運転する馬鹿が見えた。私はいつものように『死んじゃえ』と心の中で思っていたら、私がトラックに轢かれて死ぬなんて。馬鹿みたい。
それにしても、彼は一体何処にいるのかしら?
私の事が大好きなあなたの事が大好きな私を置いて、私以上に大切な用事があるわけもないのに。見付けたら死ぬまで殺してやる。
しかし、何で私はこんなにも冷静なのか。時々、自分で自分が解らなくなる時がある。私は死んだ。その死んだ私を私が見てる。その光景が現実味を帯びてないから? いつも虚構みたいなものだから? 私はそこまで妄想に世界を侵食されているんだろうか。
空想に支配されないように状況を確かめる。
此処は死後の世界なのだろうか。私が死んでから何時間か経ったのか、辺りはオレンジ色に包まれていた。もしも、死後の世界だとしたら、自分が思っていた以上に素敵な場所だったんだな。いつまでも生に縋ってないで、早く死んでいればよかった。
もう一度、死体となった私の側にしゃがんで私を見る。頭を強く打ってしまったせいか、白いコートが赤く染まってしまった。元から私は綺麗ではないけれど、これではあまりにも醜いのでハンカチでそっと血を拭いて、身体の体勢を整える。あとは……花でも添えてあげようか。醜い私に反比例するくらいの綺麗な花を。
* *
鮮やかすぎて、香りが強すぎて、私は眩暈を起こしそうになる。
花の種類なんて解からないから目に入ったものを選んだ。綺麗な花を、だけど、醜い私より目立たないように気を付けながら。
花束を作り私は私の元まで戻って来た。
そっと、その身体の上に乗せる。
『誰かいませんかー!』
何処か、遠くで人の声がした。そのよく聞き慣れた声は彼にそっくりで、やっぱり彼以外にいないと思った。
声のする方へ。私は私に「またね」と告げて。たぶん叫び過ぎて喉が枯れるであろう彼の為に、ドラッグストアから適当に水を数種類選んで手に取った。
『好きだー!』
……。……。……。
また、彼の声がした。嬉しくはなかった。
注意深く声の成る場所を探して、デパートへと歩き出す。
* *
彼が屋上で倒れていた。
とても幸せそうに寝ていたから私も一緒になって側に寝てみる。
私は……、私は何故この人に告白したのだろうか。
大学の入学式の日、別に、誰でも良かったのに。
普通なら。普通の思想なら。普通の男の子なら。誰でも良かったの。私は、異常だから。異常な思想だから。異常な女の子だから。
あなたの事が気になる訳じゃない。あなたの事が好きな訳じゃない。ただ、知りたいだけなの。普通の世界。普通の思想。私は、ずっとそういった『普通』や『日常』に憧れていたから。
そっと、彼の頬を優しく撫でる。私よりとても肌が柔らかい。
「…………ッ」
彼の目がゆっくりと開かれた。
「もういいんじゃないの」
「み、ず。…………うぇ」
水? それより私の安否とか、私以外の事以外とか、他に気にする事があるはずなのに。不機嫌になって水をぞんざいに投げた。
「……大丈夫だった?」「……何が?」「何がって……」
彼は如何にも私がおかしい事を言ってるかのように戸惑う。もしかして、彼はまだ私が死んだという事に気づいていないのかしら? それじゃあ、あなたが混乱しないようにこれも黙っていてあげる。
「待ち合わせ時間に来ないから、散歩してたの」「散歩? こんなときに?」「こんなときだから」「これ……君がやったの?」
「私にこんな事が出来ると思う?」
「思うよ。この世界は君の終末思想と同じだから」
「……オナジ?」
オナジ。……って、言ったの? それって、同じって意味? 違う。違うよね? 終末思想は、私の描く終末思想は、仮面夫婦とか、会話のない家族とか、上辺だけの関係とか、其処に『ある』のに『ない』感覚だったり、此処に『いる』のに『いない』感覚の事なのに。これじゃあまるで、本当の終末だよ。そっちの方がよっぽど希望があるのに。誰もいないなら、仕方ない事として諦められるけど、誰かいたら、希望に縋るから、叶わなかった時に辛いから。だから、
「あのさ、あのさぁ、違うでしょ? 言ったよね? 私、言ったよね? あの時、私は何て言ったんだっけ? ねぇ、何だっけ?」
「……ごめん」
…………あぁ、またやってしまった。私は普通でいたいだけなのに。衝動。まるでスイッチを押されたように人格が入れ替わる。私の内側、知らない誰かから侵食される感覚に陥る。……その時、強く冷たい風が吹いて、何やら異臭がした。腐敗したような、焦げたような、決して好まない臭い。この臭いは……きっと、
「行ってみる?」
「……うん」
その臭いの先には、私以外の人間なんていないけど。
しばらく街を歩いていると、一層臭いが強くなった。
一歩、また一歩と近付いて臭いの原因へと舞い戻る。
状況把握はもう出来ている。無残な大型トラック。燃え盛る火。そして、彼はまだ気付いていないと思うけど、横たわる私。
彼は、どうして? と、困惑した目で私を見つめてくる。仕方なく、意地悪く、私は模範解答ではなくヒントを言葉にした。
「覚えてる? 忘れてるよね」
私を置いて逃げた事。
「お前、誰だ?」
私は、私だよ。大衆に適応し切れない異常な私。
「忘れちゃいけない事は、いつだって忘れてる事なのに」
私は私の冷たい頬に自分の頬を摺り寄せた。
「クレープ、食べたかったね」
……。……。……。……。……。
「まだ思い出せないの?」
「何が?」
「あなたは此処で死んでない」
……。……。……。……。……。
あ、と。彼が何かに気付いた顔をした。
「僕は死んでない?」
「えぇ」
「此処では死んでいない?」
正解。……だと、思う。
「僕は何処で死んだんだ?」
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