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死体があった。
「…………ッ!」
彼がその場で倒れ込む。動悸が激しくなって、目玉がぐるぐるぐるぐる。とてもとても醜いから、無意識に蔑んだ目で見ていた。
私を強く睨み付け、
ゆっくり立ち上がって、
首を呪うように絞めつけようとするので、
「この世界の種明かし。聞きたい?」「……うん」
狂った手が頚動脈付近で止まった。
彼は「ごめん」と言った。もう一度「ごめん」と言った。
「きっと此処は死後の世界。そして、天国でも地獄でもない世界」
「じゃあ……何処なの?」
「名前を付けるなら……『生まれ変わりの世界』」
「『生まれ変わりの世界』?」
「そう。人が死んで、また違う『何か』に生まれ変わる。この世界で生まれ変わりたい『何か』を望み、生まれ変わる段階の世界」
「望んだらそれになれるって言うの?」
「だから、仮定なんだって。それも虚言レベルのね」
嘘だ。頭から出任せの空想を口にしただけ。でも、彼を無性に苦しめたくなった。理由、なんとなく。
「あなたはまだこの世界から抜け出したいと思ってるでしょ?」
「思ってるよ。こんな世界にいたら君が不幸になる」
…………不幸に、なる? あなたは、私が、不幸だと思っているの? だったら、全部、全部、お門違いなんだよ。
「……あなたはきっと、生まれ変わったら獏になると思う」
「どうして?」
「獏は悪い夢を見せる。私はこの世界にいてとても幸せ。なのにあなたは元の世界に引き戻して、私を不幸にしようとするじゃない。外から見て不幸でも、中は幸福かもしれない。外から見て幸福でも、中は不幸かもしれない。あなたの勝手なイメージで縛らないで」
「君は……普通な女の子に生まれ変わればいいと思うよ」
「……私も、そう思う」本当に。心の奥底から。
次の世界では普通の恋をして、普通の生活をして、……じゃあ、普通って何だ? 教えてよ。その為だけに付き合ってるんだから。
「まだ何処かに人がいるかも知れない。僕は捜しに行くよ。此処が『生まれ変わり』の世界なんて信じない。僕達が死んだなんて信じない必ず元の世界に戻る手掛かりを見つけるよ。君はどうする?」
「…………行かない」
「そう。進展があったら知らせるよ」
「…………」
「そろそろ行くから」
「…………」
「じゃあね」
「…………」
行かないで。
もっと私の側にいて。
私の事を見て。
…………あ。
喜怒哀楽の哀だけ壊れたように泣いた。
何よ、
醜い私がもっと醜くなるだけじゃない。
こんな汚い顔見せられないよ。
どうか私の側に来ないで。
想いにすらなれない感情は、
言葉にさえなれるはずがなかった。
それでも、私はむりやりにでも口を開いた。
ずっとおかしいと思っていたから。
もっと、あなたはあなたを信じてあげてよ。
狂っていると思いながら、何処までも私を愛してくれているあなたが、私を裏切って家まで逃げるなんて事するはずないじゃない。
つまりね、
クレープ屋の前でトラックに轢かれた私は、必死になって心配してくれるあなたにこんな醜い姿を見せたくなくてこう言ったんだ。
あなたの家にアルバムがあるでしょ? それに私が可愛く写ってる写真があると思うの。初デートのね。死ぬ前にもう一度だけ見たいな。ねぇ、私からあなたへの最後のお願い。……って。もちろんあなたはこんな時に何言ってんだって怒ったけど、何処までも私を愛してくれるから、取りに行ってくれたんだ。……なのに、そのせいであなたまで死んじゃうなんて。なんか、馬鹿みたい。もっと、あなたはあなたの為に生きればいいのに。自分を殺してまで貫く優しさに何の意味があるの? 少しだけ、イラついた。から、
「……あなたはずっと、間違えたまま生きていくんだね」
「え?」
彼が振り返った。
眩しそうに目を細めて、また振り返ってしまった。
きっと、
私の事が真っ黒に見えたんだね。
真っ黒に見えたのは、
身体なのか、心なのか、
どっちもだよ、と。
何処からか聞こえたような気がした。
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