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――六年前。
天河彗斗 十二歳。
小学六年生。
とある夏の日。
アニキとその彼女を交えた緊急の家族会議。
六歳年上の兄。往斗は、普段はいつもバカなことをしているが、この日は違っていた。
何処か威厳があり、いつものアニキからは想像もつかなかった。
その周りの雰囲気から慧斗は、食卓で開催される家族会議には参加せず、兄弟共有の部屋でゲームをしていた。
早く終わんねぇかな――とか、考えながら。
そんな思いも露知らず、天気の話、世間話をクッションに本題に入る。
「えー…っと、三年前からお付き合いしてる、桜井てんまさんですが―」
桜井てんま 十八歳。
往斗が中学三年生の時、同じ図書委員になったことがキッカケで知り合う。
元々、読書家の往斗は、知的で十五歳とは思えぬ程、大人びているてんまに恋をした。
一目惚れってやつだ。
透き通るようなとても長い黒髪というのが一番の理由かもしれない。
てんまもてんまで読書家の往斗に「何か」を感じたのだろう。
その後も同じ高校に進み、今に至る。
「―実はですね。そのー…」
てんまは恥ずかしそうにテーブルの上のラムネに目を向ける。
「妊娠○ヶ月になりまして―」
――ちりん。
風鈴が鳴いた。
ラムネのコップ。
子供の声。
生温い弱い風。
金魚の入った水槽。
キラキラ。
彗斗が「それ」を知ったのは次の日だった。
父親の感情に身を任せた怒鳴り声が響いた。
それを聞いた彗斗は急いで食卓に向かう。
「俺は大学には進まない。一生懸命働いて、てんまと俺と子供の三人で、ずっと幸せに暮らすんだ!」
その眼には何の不安もなかった。
その言葉には何の迷いもなかった。
ただ、愛する人の為に。
真っ直ぐなのだ。
なのに、俺は――。
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