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エレベーション・エスカレート
うだるような暑さだった。
その日、部屋のサウナ状態に耐え切れなくなった僕は、気分転換にとコンビニへアイスを買いに行った。
僕の住んでいる部屋は、三十階もある高層構造(あ、ちょっとダジャレっぽい)マンションの三十階に位置して、飛び降りたらまず助からない場所にある。
オートロックにカードキーを差し込んで扉を開ける。
ちょうど一階で止まっていたエレベーターに乗り込んで、ボタンを押した。子どもの頃は降りたのはいいけど、昇るときは三十階のボタンまで手が届かなくて、困ったことがあったっけ。確か、そのときは偶然同じ階の人に会ったから助かった。
そんなことを思い出しながら、閉まるドアをぼんやりと眺めていると、女の子が走ってくるのが見えた。僕と同じくらいの年齢で、十三か十四歳くらい。閉まりそうなエレベーターに入ろうとして、足を止める。
「あ」「……あ」すかさず『開』のボタンを押した。
「どうぞ」「すいません」「何階ですか?」「同じ階です」
三十階にこんな女の子いたっけな? なんて思いながら扉が閉まる。ガタン、ゴトン、……いや、実際にこのマンションのエレベーター音は非常に静かなんだけどね。なんとなく。
身体が重力に押され、階数を示すランプが右に移動する。
一、二、三階と徐々に数字は増加して、十、二十、二十五階と景色が高くなってくる。二十七、二十八、二十九階と過ぎて行き、もうすぐ目的地へと到ちゃ、…………あれ?
ランプの光が消えて、エレベーターは動かなくなった。
「……どうしたんですかね?」
とりあえず、社交辞令的に女の子に話しかけてみる。
「……さぁ」
…………これは、つまり、あれか? 閉じ込められたってことか? ……。……。……。あー、なんというか、密室で知らない人と二人っきりていうのは非常に気まずい。いや、別に知り合いじゃないから無理に話す必要もないんだけど。とりあえず、助けを呼ぶ為に緊急ボタンを「押さないでください!」「……え?」「……あ、いや、その……お願いします」「でも……」でも、女の子が異常に涙目になっているから、聞き入れるしかなかった。身体も小刻みに震えている。
「あの、……大丈夫ですか?」「…………」「あの」「え? あ、はい……え?」「震えてますけど、大丈夫ですか?」「……大丈夫……だと思います」……って、自分のことなのに。とにかく、静寂が怖いからひたすらに話し掛ける。
「三十階の人ですか?」
「……いや、その……、友達の家に……」
「あー……そうですか」見え透いた嘘を吐くな。
「…………ここから落ちたら死んじゃいますよね」
「…………はい?」
「あ、気にしないでください……」
気にしないでいられるか。
「まぁ……、死にますね」
「そうですよね。えへへ」
一体この女の子は何なのだろうか? とか、もうどうでもいいか。うだるような暑さが僕の思考を駄目な子にした。緊急ボタンを押せない以上、誰かがエレベーターの異常に気付くか、エレベーターが自然に直るのを待つしかない。
「飛び降りとか、どう思います?」
「……は?」
「いや、飛び降りとか」
「……だめでしょ」
「どうしてですか?」
「どうしてって……」死んじゃうから。……って、あれ? 死んじゃってもいんじゃないか? 友達じゃないし。家族じゃないし。なんだ? なんでだめなんだろ。テレビで○○市の××さんが死にましたと聞いても『ふーん』で終わっちゃうのに。無意識に自殺=いけないことって図式を作りあげてるのかな? だとしたらそれは僕のエゴだよな。
「私は今、幸せなのか解からないんです」
「そんなの、一瞬で解かりますよ」
「どうやって?」
「例えば、アイスが溶けただけで不幸と思っちゃうし、冷蔵庫で固め直したら、キンキンに冷えておいしいじゃんラッキー! って、簡単に幸福にもなる。幸せかそうじゃないかなんてアイス一本で決まっちゃうんですよ。もとい、決められる。まぁ、そんなこと言ったら元も子もないんですけどね」
自分でも何だそれと思った。でも、自分はそうなのだ。
女の子の顔はすごく戸惑っていた。そりゃそうだ。幸せがどうか解からないのに、急にアイスの話なんてされたら誰でもそうなる。だけど、女の子はひとつ溜め息をついたあと、
「面白い方ですね」
「そりゃどーも」
ガタン。と、エレベーターが動いた。
三十階に着き、エレベーターから降りる。しかし、女の子は降りようとしないですでに一階のボタンを押していた。
「どうしました?」
「ちょっと、友達にアイス買ってきます」
女の子は不器用に笑った。
「お気をつけて」
僕も不器用に返した。
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