流星トランク

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流星トランク

     0  昔の昔、この世界では人々の願いを叶える力『願叶術』を使う者が、人の力ではどうにもならない『願い』を叶え続けてきました。 『願叶術』を使うものは『星使い』と呼ばれる『願い』を叶える神様を呼び起こし『星使い』と共に人々の願いを叶えていきました。  こうして、昔の人々は『願叶術』を使う者と、それを叶える『星使い』に願いを託したのです。  そしてまた、 「お願いです……彼女には……生きてほしい」 「解りました」  誰かの願いが――      1  闇夜に赤色灯が揺らめいた。  踏切音がいつまでも、カン、カン、カン、カン、と永遠に続くように鳴り響いて、頭の中をつんざく。  一年前も今日と同じくとても寒い日で、頬に触る風が痛かった。あの日と同じ季節、その日と同じ空気、この日と同じ髪型、違ったのは一つだけ、彼がいないこと。  踏切音は尚も弱過ぎる私を責めるように、カン、カン、カン、カン、と鳴り響く。カン、カン、カン、カン。カン、カン、カン、カン――。彼じゃなくて、私だったら良かったのに。  あの日は私の誕生日で、バイトが終わったらすぐ帰ると言って、電車の交通量が多すぎる、危ない、危ないこの近道を、通った。そして一年前の今日、この場所で、  彼は死んだ。 「早く帰ってくる。だから待ってろ」「はいはい、分かったから行ってきなぁ」「あ、そうだ」「なに?」「金ねぇから今年はプレゼントなし」「えーバイトしてるくせにぃ。じゃあケーキは?」「ケーキは俺も食いたい!」「ちょっと私の誕生日よ! 全部私が食べる!」「そんなんだから太るんだよ」「うっさい!」「で、ショート? チョコ?」「ショート!」「お前いちご好きだよなー」「うん大好き!」  あの日の会話を、その日の光景を、眼を閉じれば鮮明に思い出せる距離なのに、あなたにはもう、絶対に届かなくなってしまった。 馬鹿。近道して、もっと遠ざかってどうするの。  カン、カン、カン、カン。と、踏切音は強く鈍く鳴り響く。レバーが降りる間をするりと抜けて、線路の脇道に逸れる。ガシャ、ガシャ、と、線路に敷き詰められた石を鳴らしながら、数歩進んだ。ふと、左に着けた腕時計を確認する。時刻はあと少しで今日が終わろうとしていた。もうすぐ、もうすぐ。カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン、カン――  誕生日はおしまい。今度は私があなたの元に、近道するからね。  小さく煌めいていた電車のライトは、やがてどんどんと大きくなり、轟音のうねりと共に、雷光のように網膜へと焼き付いた。  ねぇ、もし一年前私が死んで、彼が残されたら私と同じ事……したのかな? でも、それは、すごく嫌。彼には死んでほしくない。彼には生きていてほしい。彼はすごく優しい人だから。  じゃあもしかして……、こんなこと考えるなんて我が儘で、身勝手で、だけど、彼も、私に―― 電車が私の鼻先を掠める。 瞬間、  ブラックアウトした。      2  景色が歪んで、まどろむ。  光が私の身体を包み込み、空にふわふわ浮いている気分だった。  そんな死後の世界なのか夢なのか解らないような光の中で、ずっと考えていた。もし私が産まれなかったら、もしあなたと出会わなかったら、もし私の誕生日が一日でも違ったら、あなたが死ぬ事なんてなかったんじゃないかって。 そんなの考えたって仕方のない事だし、私のせいじゃないという事も解ってる。それでも、私は私を責めずにはいられないのだ。無理矢理にでもあなたが死んだ原因を、理由を、因果を創り上げないと、意味のない死になってしまいそうで怖かった。  私は、私は―― 「ふぅ。危ない危ない」  ――誰かの声が頭に響いた途端、意識が目覚めた。  その景色は人も、ビルも、鳥さえも遥か下に存在し、手を伸ばせば月にも届きそうな場所にいて、つまるところ、空だった。 「お疲れ様でした、トランク」  気付くと私は誰かに抱きかかえられていた。その誰かはスーツで、長身で、細くて、四角いメガネをかけていて、魔法使いのようなトンガリ帽子で、何よりも、空に浮いていた。  その人は急降下して私を地面に降ろすと、右手が輝き出し、魔法のようにトランクが出現して、 「あーまったく。久しぶりに魔法使うのはしんどいぜ!」  喋った。トランクが。 「たまにしか使わないんですから辛抱してくだ――」  私の怪訝な視線に気付いたのか、その人は戸惑った顔をする。 「わっ、私達は決して怪しい者では」「ってか、空飛んでるあたりで大分怪し……ブッ!」「何しやがんだテメー!」「喋るトランクも充分に怪しいですけどね」「こんにゃろッ!」「少し黙っててください」「チッ。わーったよ」「私、人の願いを叶える仕事をしております。流星(ながれぼし)と申します」  その人は丁寧に自己紹介とお辞儀をした後、ポケットの中から名刺を取り出し、私に手渡す。その名刺には『願叶術魔法使い 流星』という初めて聞く肩書きが記されていた。
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