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彼の名は、倫太郎さん。少し古くさい名前だなと思うけれど、文通をするのにちょうどいい感じの名前で、私は彼を気に入っている。どんな顔をしているのだろう。どんな服を着て、どんな靴をはいているのだろう。どんなネクタイを締めて、どんな声を出すのだろうか。
“美穂さんがすすめてくださった本を読んでみたのですが、あまりに美しい表現の多い内容だったので、美穂さんの美的感覚の高さが感じられました。あなたは美しい人ですね”
美しくなんか、ないのに。私にあるのはペン字検定一級の文字だけ。顔はきれいじゃないし、魅力的でもない。第一、すごく太っている。はっきり言ってデブだ。33歳にもなるのに一度も男の人とお付き合いしたことがない。
倫太郎さんなら、私をかわいいと言ってくれるかな。
毎日そういうことを考えていたら、頭の中はすっかり倫太郎さんでいっぱいになってしまった。
倫太郎さんは、東京に住んでいる。私は稚内に住んでいる。あまりにも遠くて、一生会える気がしない。
“美穂さんに、そのうちに会いたいです”
倫太郎さんは、無邪気にそう書いてくれる。私だって、会いたい。だけど、会ったらきっと、がっかりさせるだろう。美しくなくて太ってて、とにかく思い描く女性だとは思えないから。
“よかったら電話をください。携帯の番号は……”
倫太郎さんの声が聞ける。ここにかければ。私はスマホに手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。私の声は、声だけは、放送部で鍛えてあってきれいなのだ。余計に幻想を与えてしまう。電話なんかしてはいけない。連絡先に電話番号を保存するだけで、私は満足することにした。
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