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秋の東京はまだ夏のように暑いらしいけれど、稚内ではもうストーブをつけている。それくらい、倫太郎さんと私の間には距離がある。彼と私は、しょせん釣り合うような間柄ではないのだろうと、卑屈な気持ちで考えた。
“電話番号をお伝えしても、電話をかけてくださるかどうかわからないのですが、かけてくださったら喜んでお話ししたいです。あと、今度、稚内の支社に出張があります。そのときにお目にかかれたら”
突然、銃弾が飛んで来るような気分にさせられた。倫太郎さんが、この街に来るなんて。
私は立ち上がって、そわそわと歩き回った。手紙の続きを読むと、出張の日程が詳しく書いてある。私はたいして忙しい仕事をしているわけではないので、会おうと思えば楽に会いに行ける。でも、と立ち止まる。こんな私が倫太郎さんに会えるのだろうか。
“美穂さんのことだから、きっといろんなことをごちゃごちゃと考えていそうですが、あまり難しいことを考えずに、気楽にお茶でもできたらいいなと思っています”
すっかり倫太郎さんに見透かされているようだ。私は恥ずかしかった。恥ずかしいのと、悔しい気持ちも出てきて、思い切って電話をかけてしまった。
『はい、もしもし?』
「もしもし、あの、美穂と申します」
『ああ、美穂さん! 倫太郎です!』
明るい声。ちょうどいい高さで、張りもある。私よりも若そうな気がした。
『嬉しいなあ、本当に電話かけてくれるなんて』
「あの、ええと、はじめまして」
『あ、すみません、はじめましてが先ですよね。僕が倫太郎です。今ちょっと出先なので、後でもう一回かけ直していいですか?』
「は、はい、お出かけ中にごめんなさい」
『いや、駅の改札を出るところで。家に着いたらまたかけます』
「わかりました、じゃあまた後で」
『あ、美穂さん!』
「はい?」
『今度、そちらに行きますから、絶対に会いに行きますからね』
それは。どうしよう。私は思わず黙った。
『美穂さんがなんだか気にしぃな人なのはもうわかってるから。ごまかさなくてもいいですから』
「そんなこと、なんでわかるんですか?」
『手紙のチカラを侮っちゃいけません。じゃあまた後で』
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