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第96話 英雄美談
格闘練習場に入った俺達は、立入禁止にしてもらった。
一緒に居るのはギルドマスターのイノーラさんだけだ。
ドラゴンをストレージから出す。
「「 ドサッ! 」」
「わぉ!凄い」
体長9m、翼長15mのグリーンドレイクを見て、イノーラさんが声を上げる。
さらに切断された首を見て、驚いている。
「そしてこれが、遺留品です」
そう言ってストレージから、馬車2台分くらいの宝石や武器などを出す。
「こ、こんなにあるなんて」
これを売っただけで一財産よ、それを遺族に返すなんて。
「それからドラゴンも要りません」
な、なにを言っているのかしら。
命がけで倒した、ドラゴンを欲しくないなんて。
それ共あなた達のような上級魔族から見たら、ドラゴンなんて屁の突っ張り程度だと言うの。
「その代わりギルドで素材を売ってください。その売ったお金の2割はギルドに、残りは襲われた方の遺族や、襲われた村の復興に役立ててください」
ド、ドラゴンの素材で、一頭丸ごとなんて幾らの価値があると思うの!
皮、鱗は防具に骨は武器に、血肉は不老不死や長寿の薬になれると言われ、値段なんてつけられないくらいよ。
「それから俺達の事は、秘密にしておいてください」
「なぜなの。ドラゴンを倒したのなら、あなた達はドラゴンバスターよ。侯爵、いいえ州1つもらって、公爵になってもおかしくないのよ」
「州とか、公爵も興味がありません。口止め料を含めてギルドの報酬が2割です」
そうだったわ。
あなた達は上級魔族だもの、人間社会で領地や爵位はいらないのね。
魔界に帰れば、すでに大貴族だったりして!
「それにしても凄いわね。首が切断され火傷の攻撃を受けた痕もある。そして首の中の肉が見事に焼けているわ」
「実は俺達が倒す前に手負いだったので…」
そう言いながら俺は、ストレージから貴族が持つ紋章を出す。
「これは、」
「石場に落ちていました。きっとこの持ち主が戦っていたのではないでしょうか」
私は渡されたメダルの様な紋章を裏返した。
貴族はみんな身分証明用に、爵位や名前が入った紋章をもっているものだ。
裏返すとそこには『ヴィラー村領主、エリアス・ドラード・セルベルト』、と刻印が彫ってある。
「俺達が着いた時には、ドラゴンはかなり弱っていましたから」
「でもその人は、居なかったのね?」
「えぇ、力尽きて食べられたのでしょう」
「そうかもしれないわ。ヴィラー村の領主と言えば、アレン領のスタンピードがあった時にキングを倒した功績で男爵になり領主になったはずよ。でもなぜ、その人がドラゴンと戦っていたのかしら?もしかしたらヴィラー村も、襲われて…。後で調べてみようかしら」
やった。
そう思う様に仕向けた甲斐があった。
残された村人達には、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
復興のお金が届けば、村を捨て出て行く俺の罪悪感も少しは晴れる。
俺が死んだと村の人が思ってくれれば、少しは気持ちが軽くなる。
本当に自分でも、ご都合主義だなと思う。
「もしそうならその村にも、復興するためのお金を分けてあげてください」
「わかったわ。でもあなた達は、本当にそれで良いの?なんの得もないのよ」
そこにパメラさんが割って入ってくる。
「私達は最初の依頼の通り、ドラゴンの住処を突き止めたら2,000万頂ければいいですから」
え、確か40万だったわよね、依頼料は?
「ドラゴンの素材をギルドで、今まで扱ったことがありますか?」
「いいえ、どのギルドだって扱ったことはないはずよ」
「ではその素材を扱うウォルド領のギルドは、他の州のギルドからはどう映るでしょうか?」
「羨望のまなざしね、きっと」
「では、もう1度言いますね。依頼料は2,000万でしたよね?」
え?そう言うことなのね。
結局、これはギルドの栄誉を2,000万で買ったと思えば良い訳ね。
それに売上の2割を、もらえるなら安いわ。
「そ、そうね。2,000万だったわね」
「それからヴィラー村の領主様のことが推測通りだったら、その村の人々にも『領主様は村の為に、立派にドラゴンと戦った』と、伝えてあげてください」
「分かったわ、それだけでも村人にとっては誇りになるわね。さあ、報酬の支払いをするわ。受付に来て」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから大変な騒ぎになった。
ウォルド領冒険者ギルド、ドラゴン討伐。
その討伐をした冒険者は、秘密のベール包まれていた。
その評判もあり、ウォルド領冒険者ギルドは全8州の注目の的になった。
冒険者ギルドはドラゴンの素材はオークションにかけられ、その金額は過去最大となり1つの州の1年間の税収を上回ったと言う。
ギルド職員はウォルド領全域に足を運び、ドラゴン被害があった場所に赴いた。
そして被害のあった家族や、村に復興のための資金を提供した。
ギルド内で遺留品を公開し、家族に返したことで更に評判が上がった。
何度も何度も、被害にあった領民や家族に感謝される。
ウォルド領の冒険者ギルドの職員は、それはもう誇らしげに働いていたという。
そしてもう1人、ドラゴン討伐に功績があった人物がいた。
ヴィラー村領主、エリアス・ドラード・セルベルト。
冒険者ギルドの職員が村に赴き村人に話を聞くと、確かにドラゴンが村を襲ったという。
そのドラゴンと領主が戦い、逃げたドラゴンを追って行ったきり帰らないと。
ギルド職員は生き残った村人に『セルベルト卿は立派にドラゴンと戦い、一矢を報いた』と説明した。
その途端、1人の男が泣きだした。
俺が、俺が悪いんだ。エリアス様にコーネリア達の、みんなの仇を取ってくれるように言ったから、と男は泣き崩れたという。
そして村は、次の領主は要らない自分達で運営していく、と王国から離れた。
国の保護を得ることをしなければ、村は独立できるからだ。
復興金をもらった村の人々は、亡き領主の思いを引き継ぐため、がむしゃらに働いたという。
セルベルト卿から教わった混合農業で、開墾に力を入れ収穫も3倍になっていく。
そしてその農法は後に『エリアス農法』と、言われるようになり全国的に広がり庶民の生活を豊かにしていく。
村の北門入口には村を救い豊かにした英雄として、『セルベルト卿』の石像が建てられた。
年2回の収穫の時期には、北と南の門番になると季節の果物がもらえたという。
それは以前の領主、セルベルト卿が通る際に門番にしていたことの名残だと言う。
ウォルド領ではミルキーホワイトと言う、パーティーを見かけなくなった。
冒険者ギルドでは秘密裏に彼らを探したが、ジリヤ国のどのギルドにも現れることはなかった。
それを聞いたウォルド領の冒険者ギルドのギルドマスター、イノーラはなぜかほっとした顔をしていたという。
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