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触れてはいけない扉。
触れたせいで彼女がまた遠ざかってしまうのではないか。
そんな心配が生まれた時、彼女は傘を持っている俺の手に触れた。
「先生の手は変わらないね。あの時と同じ」
あの時がいつか。
考えなくてもわかる。
彼女と最後に会った日。
彼女の涙を初めて見た。
理由も言わず、雨の中塾の前でただ立ち尽くしていた。
俺を見つけた彼女は胸の中に飛び込んできた。
声をあげて泣く彼女の手を握って肩をさする。
それしかできなかった自分を後から責めた。
最後まで理由はわからなかった。
涙が止まった頃にはもう走り去ってしまったから。
微笑みを残して。
「わあ。久しぶりだな」
手にあった温もりが消えた頃、俺たちは塾の前に立っていた。
「じゃあ、仕事頑張ってね」
屋根があるところまで来ると彼女は向き合って手を出した。
昔よくしたハイタッチを求めて。
「あ、連絡先知らない! 今度会う時のために教えて?」
その時、心に新しい糸が生まれた気がした。
彼女と、音成瑠華ともう一度話ができるという期待という糸が。
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