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携帯を耳に当てると呼び出し音が聞こえる。
もう遅い時間。
塾講師なら仕事中か帰宅中だ。
やっぱり迷惑かもしれない。
そう思っているのに通話終了を押せない。
最後まで音を聞き続け、最後の音声を聞いてやっと諦めた。
胸のあたりが騒がしい。
孤独という名の印を押された気分だ。
携帯を握る手の感覚が薄れていく。
そんな時だった。
私の携帯に救いの手が伸びてきたように音が鳴る。
メッセージ受信。
何か反応が悪いのだろう。
文章まで見せてくれない。
でもそれでも先ほどまでの暗い気持ちは一瞬で明るい光に変わった。
送り主が蒼生さんだったから。
―ごめん。仕事中で出られなかったんだ。十一時には確実に終わるんだ。一応電話かけるけど眠かったら寝てていいから―
涙腺が緩んだのか携帯に一粒の涙が落ちた。
こんなに心を軽くしてくれる瞬間が私の経験にはなかった。
言葉一つでここまで気分は変わるんだ。
言葉がすごいことは知っている。
亜貴君が拾って救って受け入れてくれた時、全ての言葉が嬉しかった。
でも同じくらい言葉が輝いていた。
それから私はそわそわしながら連絡を待った。
携帯にいれていたゲームを少しだけやって、落ち着くために音楽を聴きながら絵をかいていた。
落書き程度だったが時間つぶしにはちょうど良かった。
その落書きの時間が良かったのか悪かったのか後にわからなくなるほどの睡魔が襲う。
眠い。
目が重くて開かなくなりそうだ。
開かなくなるそう思った時、ようやく私の携帯は鳴った。
慌てていて携帯を落としそうになったり、ボタンを上手く押せなかったりとあたふたしていたがようやく通話ボタンを押せて安心に繋がった。
「もしもし」
「あ、茉莉ちゃん。ごめんね。遅くなって。どうかした?」
仕事帰りで疲れているはずなのに蒼生さんの声はいつもと変わらず明るくて元気が出る。
だから私は一歩を踏み出せる。
「蒼生さん、明日空いてないですか?」
沈黙が怖い。
人を誘うのがこんなに緊張するということを私は忘れていたのかもしれない。
当然のように会いたい人に会うこと、人を誘ってすぐに返事が来ること。
それが当たり前になっていた。
それじゃダメだったのだ。
私はやっと問題点が見つかった気がした。
それでも沈黙が怖い私に蒼生さんは優しい声を聞かせてくれた。
「大丈夫だよ。それに誘うのに敬語いらないから。ただ午後からでいいかな? そしたらまた駅に行くよ」
「よかった。それでいい! じゃあ一時とかなら平気?」
「うん。そうしてくれると助かる。じゃあ明日の一時に駅集合で」
何の障害もない誘いの返答が何より嬉しかった。
午後だけでも十分だ。
私は楽しい時間が過ごせればいい。
そう思えば今日は心を躍らせながら寝るだけだった。
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