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私がシートベルトをしている間、蒼生さんは真剣な顔で携帯を見ていた。
きっと行き先を考えてくれている。
口を強く結んで時々首を傾げる。
その様子を見ているのが辛くなった時に蒼生さんは携帯から視線を私に移した。
「茉莉ちゃん、外でも平気? 熱いし、この時期だと日焼けとかあるけど……」
「全然大丈夫! それに一応日焼け止めは塗ってあるから」
安堵するのも当然。
実際、何が起こるかわからないと思い、日焼け止めはあらかじめ塗っていた。
その上にやっと案が出たのだ。
これ以上困っている姿を見たくなかった。
悩んでほしくなかった。
「じゃあ、海行こう!」
「え?」
私の戸惑いの声は車が走り出す音にかき消された。
海?
聞き間違えでなければ確実に県外から出る。
海のあるところまでだと一時間どころか二時間ぐらいかかるのではないか。
車で海に行ったことなどとっくの昔で、時間感覚すらなかった。
だからかかる時間もわからない。
一気に襲う不安と蒼生さんの表情は真逆だった。
楽しそうに前を見てハンドルを握っている。
「あ、海って言葉だけだと不安だった?」
まるで私の心を読んでいるかのように告げられた言葉に私は素直な反応をしたのだろう。
蒼生さんはふき出しながら何度か私を見た。
「大丈夫。海って言っても見るだけだから。外には出るけど、浜辺は人がいっぱいいるだろうし。だから安心して、海見て話したら何か食べたりしてゆったり過ごそうよ」
笑顔が眩しい。
私がこの笑顔を独り占めしていいのだろうか。
でもとられたくない。
そう思えば、この一瞬一秒が嬉しくて楽しくて満たされていく。
言葉を重ねれば重ねるほど。
笑顔を見せれば見せるほど。
私はどんどん引き込まれていく。
正体はわからない快楽を与えるものに。
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