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それから約二時間。
蒼生さんは上手く渋滞を避けたのか目的地まで早く着いたと言っていた。
二時間が近いというのだから距離はかなりあると思う。
ただ心配なのは雲行きが怪しかった。
車を降りると潮、海の匂いがする。
解放感があって手を大きく広げた。
暑いけれど、住宅に囲まれたアスファルトの上よりずっと涼しい。
気分転換にここは最適だと思う。
周りに人はいるがここが穴場だというだけあって混雑という文字にはならない。
「どう? 移動長かったけど平気?」
さらりと横に並んで海を眺める蒼生さんはいつになく優しい顔をしている。
「うん、平気。それよりこんなとこがあるの知らなかった」
「茉莉ちゃんっていつも新鮮そうな顔するよね。見てて面白い」
言われて気づく。
今までこんな体験したことない。
初めてのことに触れたり、初めての場所に舞い上がったり。
楽しいという感情の一部がなかったように思う。
そう考えるとやっぱり浮かぶのは亜貴君の愚痴だ。
デートは何度もしたし、いろんな場所に行ったけど私を楽しませようという気配は感じなかった。
今が楽しくてそう思っているのかもしれないが、上書きできるほどの楽しみなのだ。
だからどうしても口に出てしまう。
「亜貴君は、こうやって連れてきてくれないから。出掛けるし、知らないところに連れて行ってくれるけど今感じている気分にはならない。私に合わせてるのはわかるけど、子ども扱いみたい……」
これはきっと私のわがままだ。
普通のことなのだ。
これ以上要求するなら亜貴君に矛先を向けるべきじゃない。
それなのに亜貴君に対して当たりたくなるのは亜貴君にこうしてほしいからなのだろうか。
「じゃあ、たまに俺とこうやって出かけようよ」
「え?」
「楽しいってさ、最高の気分だと思わない? 腹が立つとか寂しいとか悲しいとか怖いとか。そんな感情よりも楽しい、嬉しい、幸せ。その感情の方が俺は大事だと思う。だから楽しいなら俺が茉莉ちゃんの楽しさを広げてあげるよ」
大人びた言葉でも最高の救い言葉だった。
楽しさを広げる。
なんて魅力を感じる言い方なんだろう。
もっと楽しさを感じたくなる。
さらには笑って、優しく細める目で近い距離で言われたら甘えたくなる。
すがりたくなる。
今すぐにでも飛び込みたい……
そう思った時に頬に何かが当たった。
「あ、降ってきたか……」
雲行きの怪しさはそのまま雨を持ってきて私たちの開放的な時間を閉ざした。
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