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一つの傘の中に二人。
横にいる彼女の肩が時にぶつかり温かさが残る。
どうしてこんなに彼女のことを意識しているのだろう。
「先生、まだ塾の先生やってるんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあさ、私の勉強見てよ!」
「え?」
笑顔で俺の顔を見る。
目は真剣で微笑みは温かい。
「私、英検受けたいの。英語もっと話せるようになれば仕事の幅広がるでしょ?」
俺の得意教科は英語と社会科。
きっと彼女は覚えているのだろう。
答えがわかっているかのように自信満々で笑っている。
その彼女の読み通り俺は頷いた。
「わかった。でも塾では無理だから休みの日に一緒に勉強しよう」
「いいの!? やった! 先生にまた勉強教えてもらえるなんて嬉しすぎる」
傘の中で小さく飛び跳ねる彼女は最後に会った時と変わらない。
可愛らしくて幼い。
それなのに芯が強くて他の子とは全く違う。
「そういえば、今仕事は何をしているの?」
「今は本屋で働いてるの。何となく就職しちゃったからやっぱりしっくりこない」
「瑠華ちゃんにしては珍しいね。何となくとか適当とか嫌いだった気がするけど」
「考える暇、なかったから……」
その時だけ、彼女は静かにうつむいた。
彼女の中の固く閉ざされた扉に触れてしまったようだった。
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