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強い雨の中私たちは自分の家のような街に帰ってきた。
車が止まったのは意外にも私の家からそれほど遠くないマンションだった。
私の家の周りには一軒家が並んでいた。
でもここは同じ街なのにマンションや新しいアパート、小さな店などが多くて住宅街が遠くに見えるくらいだった。
「大丈夫?」
周りの状況に気をとられていた私に蒼生さんの言葉が響いた。いや、やっと届いたという方が事実なのかもしれない。
蒼生さんの苦笑いがそう教えてくれている。
当然その顔を見れば慌てるわけで持っていた鞄まで落とす始末。
「あ、大丈夫!」
何をやっているんだろう。
新しいものに足を踏み入れる。
その緊張感に似ているんだ。きっと。
「じゃあ行こう」
珍しい。そう思った。
私に笑みを見せなかった。いや違う。
私の知っている安心させてくれる微笑みを向けてくれなかった。
それでも車のドアは開けてくれる。
いつも通りなのだろうか。
それともあなたも緊張しているの?
都合のいい解釈をするなら私を招いて緊張してまともに顔を見れない。
その一択であってほしい。
そう思いながら車を降りて、蒼生さんに続いてマンションの中に入った。
エレベーターの中に入るのは正直怖かった。
沈黙が訪れるのではないかと。
怖くて鞄を握り締めるほど。
「そういえば女の子に出せるような華やかな物ないんだけど……」
その顔を見て私は安心した。
やばい。という顔をしている彼はいつもの彼だとわかったから。
その瞬間に緊張という紐がほどけて自然に笑いが出てきてくれた。
「別に出さなくてもいいよ。まあ水くらいは出してほしいけど」
「それくらい出すよ! ていうかお茶とかはあるから! 紅茶とかお菓子とかがないって話だよ」
良かった。
元の会話で元の空気だ。
もう心配ないというように力が抜けて頬の筋肉もやっと自由になる。
気が付けば全身に力が入っていたんだと知る。
そんな必要ない。
蒼生さんは怖くない。
亜貴君より私を見てくれる。
心配してくれる。
亜貴君より……
ふと思った。
どうして亜貴君と比べているの?
同じ男の人として?
それとも亜貴君に不満があるから?
もしかして蒼生さんを恋愛対象に見ているの……?
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