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蒼生さんの部屋はイメージ通りだった。
シックで綺麗でほんのりと爽やかな香りがする。
私の中での蒼生さんの部屋はまさに今目の前に広がっている光景だ。
「蒼生さんらしい部屋だね。落ち着きがある」
「落ち着き? 初めて言われたけど」
驚きながら笑って私の顔を何度か見た蒼生さんはお茶の準備をしてソファーの前のローテーブルに持って来る。
少しだけ会釈をしてお茶を飲むと喉に冷たい感触がいきわたりすっきりする。
ローテーブルの下に引かれた灰色のカーペットは触り心地が良くて何度か撫でてしまう。
「このカーペットいいでしょ? 気に入ってすぐ買ったんだよね」
「うん! 私の部屋にも欲しいくらい」
笑顔と共に見れる優しい目が好きだ。
その目を見るためならどんな会話だってしよう。
笑顔を見せて私に優しくしてくれるならなんだってしよう。
もう惹かれているという言葉が似合い始めている。
本当は錯覚だって思っているのに、今はその錯覚に吞み込まれたくなる。
「じゃあ、今度買いに行く? 連れて行くよ」
「ほんと⁉ やった。何色がいいかな。蒼生さんは何色が好き?」
私がふと蒼生さんの顔を見た時、そこに笑顔はなかった。
心臓が嫌な動きをする。
目を閉じたらすぐに状況が変わってしまいそうで瞬きができない。
「茉莉ちゃんさ、俺が男だってわかってる?」
少し、少しずつ蒼生さんの顔が近づいてくる。
その瞳に吸い込まれる。
言葉も出なくて胸のあたりがうずく。
「俺の好きな色言ったら自分の部屋に引くの? 俺を意識しているように感じるのも無理ないよ?」
じわりじわりと近くなる距離は体に熱を伝えていく。
とっさに片手だけ後ろに着くが、大して距離は変わらない。
普通なら怖いと思うのだろうか。
早く逃げたいと思うのだろうか。
でも私の中には、なかった。
まるで言葉を肯定しているように受け止める自分がいる。
「ダメだよ。男の部屋に気安く入ったら」
言葉と同時に私は床に倒される。
その上には蒼生さんがいてじっと私を見つめている。
「ここで逃げなかったら男は何だってするよ? 少なくとも俺は。いいの?」
私の知っている蒼生さんはこんなことをするような人に思えない。
でも今目に映っている蒼生さんはこれ以上のことをする。
確信に近かった。
獲物を捕らえるような瞳が何よりの証拠。
ここで拒否しなければ私はいろいろなものを失う。
それでも体は動かなかった。
むしろ手を伸ばしたい。
だって獲物を捕らえるような瞳に優しさが見えるから。
言葉を紡ぐ声が甘いから。
それに何より……
あなたに触れてみたい。
「……いいよ」
ゆっくり蒼生さんの頬に手を伸ばす。
その手を蒼生さんは掴んだ。
でも優しく包むように。
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